あすぺる樹の付゛録 あすぺる樹の不思議な世界へようこそ!!
雑行を捨てて 正行に帰する。
2017-07-03 Mon 08:29
娘の高校の文化祭に行き、  善光寺にも参拝してきました。





 先日、あるテレビで若手スポーツ選手の言葉に心を打たれました。


「  練習をしたり 実力を身に着けるだけでは 駄目なんだと思い、日頃の自分自身の

心の在り方から 見直そうと決意しました。 例えば 街で道にゴミが落ちていれば拾う。

勝負には運もあります。 だから 日頃の行いで 運も変わるんじゃないかなと思って・・・。

 出来ることがあるならば  何でもしようと思うんです。 だって自分は カリスマ性も

 注目される実力もない選手ですから、 そういう部分から 変えなければ生き残れないと

 思うんです。 」



  今  政治や 馬鹿な大人の事件や うんざりするニュースが目立つ時代。

  わたしは  彼の言葉に 背筋が伸びる思いを 感じました。




 そして  今日・・・・。


   娘の学校の近くに 車を駐車しようと 駐車場を探していると・・・。


  ある家の窓から  老婆の姿が!


 「 ちょっと  待ちなさい! 」


   はて?  人違いをされてるんじゃないかと思い 待っていると・・・。


 「  ○○高校の方でしょ 文化祭でしょ。  なら ここに 停めなさい。 」


 本田善光公 の 墓所のある  湯福神社の近くに 車を止めることができました。

  
  眼に見えない ものが この世にはある事を 強く感じました!



 しかも 文化祭見学後  善光寺参拝に向かい  参道を歩いていると・・・。


  ヒラヒラと 紙切れが・・・・。


  「 よしっ! おれも 全部は無理だが  拾える範囲で ゴミを拾おう!  」


  と 途中、目につく歩く足元のゴミを 拾っては ポケットに 入れ


              本堂に向かいました。


 本堂は 日曜日という事もあり また 神輿奉納の行事もあったり

  大変 混みあって 賑やかでありました。


宗教 宗派をとわず  すべての人々を受け入れてくれる善光寺には


 人びとを 柔らかく包み込む   何とも言えない 空気があります。


 

7月に入り いよいよ 夏を感じる太陽に照らされ・・・・。


 気が付けば 額から 汗がにじんでおりました。


 薄暗い本堂の中に入ると 心地よい 涼しさが 感じられました。


 ハンカチで 汗を拭こうと  おもむろに ポケットに手を入れると  ・・・。


  さっき拾った 道に落ちていた 折りたたまれた紙切れが・・・。


  広げてよく見てみると  「 本堂参拝 特別共通券 」  と・・・。


   たまたま 近くの 内陣入口にいた 僧侶に


   「 この券は 内陣にも入れるんですか?  」  と尋ねると



  「 こっ! これはっ!  特別 共通券ですね。  もちろん入れますよ!

    今 御本尊の 御開帳に なりますから 中に急いでください。

     この方を 入れてあげてっ! 」



善光寺 関係者らしき方が わざわざ 案内下さり


「  さあさあ! こちらからお入りください。 」


  導かれるままに  御本尊の目の前の 畳の上に案内された直後・・・。


    本尊前の 緞帳が  開き  善光寺本殿内は 大きな

   ドラの音が 鳴り響き!    思わず 私も 御本尊に合掌。


( 閉じたまぶたの中に 善光寺如来の姿がありましたっ! )




ふと  遠くからの気配・・・。   強い 引力とでも申しましょうか、 


私を 完璧にロックオンし、 行動を補足している視線に気が付くと・・・。


内陣の外にいる “ 私を探しているっ! ”  妻の姿が ・・・。


  外から 内陣にいる私を発見した妻は・・・。


 おいおいおいっ!  まったく!    という表情で


  「 また  勝手に 何やってんのっ! 一人でっ! 」


       という 視線が・・・・・。  うっ!


  (    「 今度は  何を しでかしてんねんっ! 一体っ!  」   )


    わたしも  アイコンタクトで  


     “ 自分でも 一体何が起きてるんだかわからないっ! ”  と  


         日本人離れした ゼスチャーをまじえて  合図。


    ( お前は  パントマイムかっ!    マイムマイムかっ! )


                  (   マイム ベッ ソンソン・・・・。   )



 その後  法要のために 集まっていた 信者の団体の波に逆らうことができず


 (  前の方から 足元に気を付けて 前に進んでくださ~いっ!  )


   ( 電車から出ることのできない 山手線のラッシュアワー状態のよう・・・。 )


  そのまま  あれ~と  体を回転させながら

      地下回廊に吸い込まれるように 人混みに飲み込まれ・・・。


    気が付けば 御戒壇めぐりに  あいなりました。


 ( 御戒壇巡りの暗闇の中で  善光寺如来様の お導きに身を任せ

  シッカリと  錠前と 前後におりました 若い女性の手にも触れてまいりましたっ!  )


  ( 気が付けば 錠前の上で たくさんの手が。  )




                    ・・・・・。


     世の中には  自分の意志では  及ばない


          不思議な 流れがある事を  あらためて


        知りました。




  そして  頂いてきた  浄土宗新聞に  今月の言葉が書かれていました。



 「  悩みの種から 花が咲く  」



                 ・・・・・。


         これも  神様  仏様の  ご慈悲の 光でしょうか?



         疑う  余地のない  我が人生に  深く感謝です。



           ありがとうございます。




   (  拾った 券で  本堂に 忍び込むなっ!  )





                      合掌。


       ( 神様を 共犯者にするんじゃないっ! )


< 今日は カテゴリー  「 本日のおすすめ 」  見て下さいっ!  >




 おまけ。


  人生の秘訣

  
「 人生の中で 起りうるすべてを受け入れ ぶつかって解決するっ! 」


  これに尽きるような気がします。


 相撲の立ち合いと 同じですよ。


  頭からぶつかって ぶちかませっ!  という事です。


ぶつかろうともせず  戦わわず   なんて ありません。



      逃げるから  余計 苦しくなるんです。


            たぶんね。


  富士山登山と同じですよ。



   風も吹かず 、 雨にも当たらず  、 何も起きない


  のんべんだらりという 人生なんか


      聞いたことも 見たこともありませんよ。 




  頭から ぶつかっていきましょう!

P1090471 大気圏へ

    ( お前は ロケットかっ! )
 
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ステップ  バイ  ステップ
2017-06-30 Fri 23:22
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ホイットニー ヒューストンの 曲の中で

  「  ステップ バイ ステップ 」 という曲があり たまに仕事を始める時に

 聞いております。



    ステップ バイ ステップ ~♫

           デイ  バイ  デイ ~ 🎵


 人生は 日々  日々  日々の 積み重ねです。


  「   人生は 自分が向いた方向に 進んで行く。  」


      自分を 見失わなければ  大丈夫です。



    「 日々に感謝  」    シンプル イズ ベスト を胸に。




 2013年のブログ  記事から。




がんばれっ!  日本の若き 人々!


               ( 2014年 秋の  ブログ記事より )



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人生 には  人それぞれいろいろなことがあります。。

   10代のころ  20代のころ    30代  40代 50代

    考え方も変われば  目で見たものの  心に映る  感じ方も変わるもの


   立場や  環境  年齢を重ねる自分と   変わりゆく 現代社会・・・・・。


       時には 時間を忘れ   星空を見上げ・・・・・。


  何億年も 変わることのない 時間の流れを  自分の心の中に

         感じることも   大事なことだと思います。



       おのずと   “ 自分は なんなのか ”  が 見えて来るでしょう。


人生は 日々  日々  日々の  積み重ね



      ステップ  バイ  ステップ   です。


継続は力なり    持久力です。  




ただ今 アルバイト募集中です。

    土曜日  日曜日  夕方から 働ける方。

                       お待ちしています。

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1989年 ギリシャ  デロス島にて。

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カッパドキアでの 出会い  ( アナトリア )

1944年 6月6日  ノルマンディー上陸作戦 ( D- DAY ) から  70年でした。

           月日の流れは  早いものですね。

                    ・・・・・・・・・・。

    

  ベルギー人の友人 とは 25年の付き合いになる。


  知り合ったのは 1988年 。 月日の流れは速いものである。


 ( 友人 ミッシェルは 2004,2007、 2010年と あすぺる樹に

      毎回 数週間 滞在しています。 )


昨年、 友人 ミッシェルの 母が 90歳で亡くなり 追悼のため


  我が家は  3人で ベルギーを 訪ねた。

   (  2013年  7月   )

 
   わたしも 2006年以来  7年ぶり 。 家族3人での 訪問は


                  今回が初めてとなった。




  実は  今回の 航空券、  破格の 値段であった。



   1月に たまたま見つけ  1か月前までなら キャンセルできるからと


          とりあえず  予約をした。



  「  まあ こんな金額では 普通手に入らない。 行くか行かないかは 

     間際に考えよう 。 」


     そんな 安易な 考えで、 行くか行かないかすら


              本気で考えてはいなかった。



      夏休みの 7月末の チケットは 通常は 一番高い時である。



      友人には 4月ごろに 連絡をした。


  「 もしかしたら 家族で 夏に そちらに 行くかもしれない。 」



   「  ヨシアキ・・・・・。 いいところに 連絡をくれた・・・。」




    虫の知らせであったのか・・・・。



  「  実は 母が今危ない 状態だ。  ここ数日 もつかわからない・・・。」





  彼の お母さんは 90歳。  私も ずいぶんと お世話になった御恩があった。


    

     私が連絡をしたとき まさに  その時であったようだった・・・。




      なんとなく・・・。



実は 今回のベルギー訪問は  今思えば・・・・。

          “ お母さんに 呼んでもらった ”   ような気がします。


                 (  おかあさん   ありがとう。  )


     「 家族で ベルギーに 来なさい 。 娘さんも もう

                      飛行機に乗れるはずよ。 

                    家族で ベルギーに 。 」



                 と。







   お母さんは まもなく 天国へ 旅立たれた。


          元気だった姿が懐かしい 。




               ・・・・・・。





      夏休みに入り  いよいよ その日を迎えた。


成田発  エディハド航空。

    なんと 神のご加護であろう


  誰よりも 安い金額の 航空券の 家族3人だったのに

    航空会社の座席 調整に 協力し   気が付けば

        我が家は  ビジネスクラスに 乗ることになった。


 ( こうである。  我々の 搭乗する飛行機は 当初 成田発 21時 30分

    アラブ首長国連邦 ドバイの  アブダビ経由  ブラッセル行。

     ブラッセルには 現地時間で  13時 到着予定の飛行機であったのだが。

    チェックイン時に あらかじめ 我々を リストアップしていたようで、

  「  ご相談がありますので こちらへお越しいただけますか 」 と  別カウンターに

     連れてゆかれ

 「   21時 45分 出発の   カタール航空   ドーハ経由  ブラッセル行

     ブラッセル 到着 13時 30分 の 飛行機に 乗っていただけませんか?

   ご迷惑のかからないように すべて ケアします。    ただ

  ぎりぎりまで 調整が  どうなるか お待ちいただくことになるのですが。 」


                   と。


  「 ベルギーの空港に 友人が迎えに来る予定なので 変更を伝えておきましょう。

      電話を 貸していただけませんか。   我々は 問題ないですよ。

         喜んで その飛行機に  乗りましょう。 」


 ベルギー人の 友人にも  いずれかの飛行機になると 状況を伝えた。


    ただ  ぎりぎりまで 待たされた結果


 「 お客様  大変お待たせいたしました。 調整がようやく終わり

  申し訳ございません、最初の予定どうり  エデハド航空 ドバイ経由

   ブラッセル行に お乗りください。    ただし  座席の方が

    ビジネスクラスに なります。  」


               という内容であった。 )


   ( 待たされた時間は  航空会社から  成田空港内の

          飲食店で  使える  一人 2000円分の 食事券が

       支給となり   お寿司を  食べたでござる。

   娘は  回転寿司でない  お寿司屋さんは はじめてであった。)


             ラッキーであったのかは どうかは ただ 神のみぞ知る。



     私も生まれて初めてだったが・・・・・。

          飛行機初体験の娘は  生まれて初めて乗る飛行機が

               ビジネスクラスとは いいのか 悪いのか


  前日まで 忙しく働き その日も 早朝から 掃除をして出てきた

    我々夫婦は  フルコース そっちのけで

            180度 フルフラットで  速攻!  爆睡した。


          ( 成田発 21時   35分   )


 アブダビ経由で ベルギーに到着すると 飛行場では 彼ら夫婦が 出迎えてくれた。


    2010年 彼らが 冬の長野、 我が家に滞在し


     それから  3年ぶりの 再会となった。



          わたしは  運命とは



          自分の意志では 及ばない  不思議なものであると



             強く感じる。




              ・・・・・・。


 




ベルギーの友人 ( 65歳 ) の 家に 2日間滞在し  レンタカーを借りた。

 フランス国境近くの街  モンスに近い街に 彼ら夫婦は 住んでいる。


  のどかな 田園風景が広がる 小さいながらも のんびりとした 美しい街 である。


    わたしにとっては  世界中 これぐらいの 人口密度の空間が


           心地よく感じる。 


世界中で 共通し 感じることは 


   田舎にある  静かに流れる時間


      豊かな自然。


    自然から 時間をかけて生み出される  空気と  水。



そういう環境の中で 人々が太古の昔から時間をかけて 見つけ出してきた


       作り上げてきた  文化   食べ物。



    わたしは  国内でもそうだが  そういう文化に触れることが


 
         何よりの  幸せを感じる 。



日本から着いた初日、彼ら夫婦の家に向かう途中、ナポレオン ゆかりの地、


   ワーテルローの丘の真下にある カフェで 地元の ランビックを飲んだ。


    その国ならではのものは  やはり  その国の空気を感じながら・・・。



    その空気の中で  味わうと また 格別な 深みを感じるものである。


       


      真夏の 太陽の照らす ワーテルローの丘を 見上げた。


< 大正10年 皇太子だった昭和天皇は  この丘を登った。>


    ナポレオンの銅像に・・・。



     「 滞在を お見守りください。 」


             と  旅の ご加護を 祈った。



余談であるが・・・・・。


彼の家は  15世紀の 農家の納屋 である。


  といっても、 彼がその 「 廃墟であった建物 」 を購入したのは 45年前。

 ほとんど  タダ 同然の 物件であったそうだ。


45年前は 回りは 畑ばかりで  住む人も少ない 荒野であったそうだ。

彼はその家を ゆっくりと 自分の家として 修復を開始しながら 生活を始めた。



  だんだん 綺麗になってゆく喜び。  庭を造り  レンガを積み直し


   一つ一つを  思いを込めて つくりあげる喜びを 感じていたそうである。



   45年たった 今  まだ  彼の家は 未完成である。


     ようやく 母屋は ほぼ 完成したが  アンテーク修復家の 彼の作業場兼


    セカンドハウス は  未だに 未完成である。 



 だが 7年前と比べると


    見違えるほど  素晴らしい 建物に 変わっていた。

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(  2006年 スタッフと 訪問。 列車内では 強盗の ポーランド系 不良との

       死闘の 戦いがあったり  珍事の 毎日で、相変わらずの 神の試練でした。 )

 人助け
 
  ( こんな 見知らぬ現地老人を 手助けする 模範的な 日本人観光客でありました。 )

     「 今年は 冬が来る前に 大理石の 床を 完成させる予定だ 

         なかなか  人生と同じで 思うようには 進まないがな。

           あははっはhhっ!  」


   私は 彼が 40歳の時に 知り合った。 ご縁である。

  
    喧嘩もするが わたしにとっては 親友と呼べる 大事な 存在である。


     25年の 月日が流れ   私も 45になった。


 知り合ったときは 当時 40歳の彼を見て  ジジイだな と思ったが


     今の私は  すでに  あの時の彼の年齢を 越えている。




      中身は   子供  のままであるが・・・。


   ベルギーに帰ってくると  いつも あの時代に戻ってきたような気持ちになる。


      彼の住む 街は 静かに  ゆっくりとした 時間が流れている・・・。


静かに 流れる時間の中で  ゆっくりと焦らずに  作られてゆくもの・・・・。

   欧州の 田舎の人々の 生活を見ていると

  “   よいもの、 価値のあるものは 時間をかけてつくられる  ”

                      事を  体で感じることができる。

        
           文化も そして 人間の 心の在り方も。

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    彼の家の 現在。 ( 2006)


 
 46年かけて つくり続ける。



   まるで  人生そのものであるように思える。




           “  決して  急いで  つくることは  しない。 ”



                 しかし そこには  妥協もない。



   じっくりと 考え  。



          もちろん  お金をしっかり貯めて。




        そして  ゆっくりと  時間をかけて 作り上げてゆく。




   今年  そんな彼を  長年 見守ってきた 彼の たった一人の家族であった



          90歳の  彼の母親が  天国に旅立った。



                ・・・・・。

    7年前に わたしが 来たときは 温かく 迎えてくれた。


      その時は  2009年に なくなった 温和で紳士的な


              お父さんも 健在で


    近所の 爺さん仲間と  カフェで いつも 語っていた。


              ・・・・。


    父は  貫録と  威厳と  人を大事にする まるで


           ヨゼフ  の ような お父さんであった。


     おかあさんは   聖母マリア  のような 笑顔の素敵な お母さんであった。





    彼の名前は  聖 天使 にちなんで つけられた名前である。


 (  長野の我が家に 過去 3回 毎回 一か月ほど 滞在したことがあるが

     
        毎回  いろいろな事件が起きた。 神の仕業であろうか


        たぶん 面白半分の いたずら


      今思えば  わらえることばかりであるから。 )






  彼は   45年間  家を作り続けながら  生きている。


       仕事も  趣味も  人生の一部であるように


          家を 作ることもまた  楽しみの一つなのだ。


            そう・・・・。


                 人生は 一つではない。



    彼は  家と共に 人生を 楽しんでいるのである。



    「  よしっ!  次は こうしようっ!  」



 ( スペインの 大聖堂サクラダファミリア も着工してから 完成までは

      200年はかかるであろうと言われていた。 滞在記 スペインに 説明文あり。 )


  (  ドイツのケルン大聖堂は 完成までに 632年の歳月を 費やした・・・。)



   何事もなかったかのような 彼の姿ではあるが




         母親への  思いは  伝わってくるものがあった。





   「 それもまた  人生の一部だよ。  とても大事なね。  」






  わたしは 欧州人の  そういう 感性が  愛おしい。


    人生を  楽しむ 心がある。



  足早に 大きく変化する 世界所現状の中において


         本質的なものを  感じることができるのは ありがたい。



   欧州には  そういった  文化が  今も 人々の生活の中に


              生きている。



       安易な考えで  足早に変化する日本から来た私が



      いつも  幸せな時間を  感じる 場所でもある。




       そういう  空気を  自分でも  形にしたい。




      そう・・・。




           「  あすぺる樹 」 も  まだまだ



              未完成である。



          生き急ぐ・・・・。   つもりもない。







  そうそう・・・。


   話は変わり  彼の家から 3日目の朝  家族3人で パリに向かった。




  パリ訪問は 18年ぶりであった。



    やはり  日本同様  時代の流れを感じ  大都市ならではの


      増え続ける  人口  移民  民族宗教の 問題が 感じられた。




  混雑するルーブル美術館で こんなことがあった。



    ナポレオンの戴冠式 の 絵の前で  車いすの少女にあった。




   顔は青白く  痩せていた。  どんな難病に かかってしまったのであろう



     死期が 近いように思えた。



      母親が その少女を 車いすから 抱きかかえるように 立たせ



       2人で 絵の前にたった。



     父親が その2人の写真を 撮った。



   お母さんは うれしそうな 笑顔であったが  



      泣いているようにも  見えた。



      父親の姿からも   伝わってくるものを 強く 感じた。






   込みあう人ごみの中  ・・・。 


    多くの人が 絵画に目を向ける美術館で  その光景を 気にする人はいない。



   いつの間にか・・・。



  わたしは  その家族の姿から  眼を離すことができなくなっていた。




  ルーブル美術館にある  どんなに素晴らしい 作品よりも・・・・。



     その親子の姿に  こころを 奪われていた・・・。




   "  この家族にとって  最後の 家族の旅行になるのかもしれない‥‥ ”



     そう思ったとたん  その家族の思いが 伝わってきた。




   必死に 立とうとする娘  支える  母親。


      その姿を  残そうと カメラを構える 父親  ・・・・。 




          ・・・・・・。



    私は 家族の姿を見ているうちに



      なんともいえない  気持ちになっていた・・・。



     はっ  として。 



       気持ちを 強く持ち直し  迷わずに行動した。




   (   人生、 今まで 迷って 行動しなかった 後悔が どれほど多かったか。


            自分は  自分の人生を 良く知っている。 )




   (  だから  わたしは 迷うことは  もう  しないようにしている。)



    (  とくに  こういう場面では。   躊躇は 後に大きな後悔となる。)





  「  私が 家族3人を撮りましょう っ! さあ  カメラを 貸してください 」



   一瞬 海外旅行の場で 警戒心からか  その父親は


    初対面のいきなり声をかけてきた 日本人の私に


            半信半疑の 表情であったが



   (  私も 娘と  2人であったせいか )


   「  オー  センキュー  プリーズ  」  ( 頼みます )


      「  ユアー ウエルカム  」    ( 任せてください。 )
 



    親子 3人が  寄り添うように 絵の前に立った。



    カメラの  ファインダーの中には ・・・・。



   “  肩を寄せ合う  笑顔の家族 3人の姿があった。 ”



     私は  泣きそうになったが  こらえ続け・・・。



       「   もう5枚撮りますよ!  」



       そう言って  アングルを変え シャーッターを押しつづけていた。




  (    その姿は  仏教であれば  阿弥陀三尊 であり

         キリスト教であれば   マリア  ヨゼフ  キリスト  の

      聖家族  “ サクラダ ファミリア ”  のようであった。 

小さなことにこだわる  人間も多いが 人間は何かに見守られていなけばいきられない。

 神と呼ばれるものは  精神統一の手段に過ぎない。 読んで字のごとき

   精神は 自分の心のことなのだから。  地球が太陽にみまもられているように。 )





           ・・・・。



               
   
       今回  わたしが はるばる  ここに来た 意味、 役割を



                 感じた瞬間であった。




    鮭は なぜ 生まれた川に  迷うことなく 広い海から 戻ることができるのか・・・。


      冒険家は  何に 突き動かされ・・・。  危険の向こうにある


          見えないものを  目指すのか・・・。




       同じように  人生や  旅に  理由などいらない。



       それは  心が導かれ  行くものなのだから。





     「  なるほど・・・。  だから  俺は 生きてるんだな  」





この家族の  かけがえのない  瞬間を  映像として この世に 残せたことは


         わたしにとっても  うれしい  できごとであった。



    “ 偶然は  神様からの  使命である。 ”



         自分ができることを  すればいい・・・・・・・。




               それが  我、 人生である。


      

      今回・・・。


       自分が  何をしに来たか  気が付いた 気分であった・・・。




             またしてもか  ・・・・。



        次の 役割を  神様が   わたしに与えてくれるように 


           日々  日々 、  日々を  生きたいと思う。



     見えない日々の向こうに  あるものを  信じて・・・・・。



                 生きる。







   そして  また  誰かに 巡り合えるように・・・。



        


  “ サモトラケの  ニケ  ”  が  世界中から 美術館に訪れる人々を



    『 大きな翼を広げ 温かく 迎えるように  』



                            見守っていた。

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  その姿は・・・。


    まるで  恐れることなく 飛び立とうとする・・・・。



      人類 一人 一人の   姿のように思える。



     

   世界には  その土地、土地に  長年  その地域の人々の


             暮らしを見守り




      人々が心の  よりどころにしてきた 神様がいる。




              ・・・・。



太陽系の天体たちが  46億年  太陽に 見守られてきたように・・・・。


   我々人類の歴史も  1万年ぐらいで どうこうという

         そんな  浅いものではない・・・・・。




 地球生命の  遺伝子の中には   皆  不思議な力が


                   宿っている。



 太陽は 今日も   そんな 生き物たちや 神様たち を 見守ってくれている。

   



  わたしは  どんな国に行っても  日本人として 礼儀をもって 行動することを



              忘れないようにしている。


     日本人としての  誇りでもあり   プライドでもある。



       



 
               そのおかげで




             いろいろな人々と



              今まで  出会う機会を



        多くの神様に 与えられたような 気がする。






         このブログを 見てくださった  方々にも




          「  神のご加護がありますように。  」



 (  人類 一人一人が持つ 遺伝子  DNA 。

     地球生命46億年の命の連鎖  こそが   『 神  』

       何じゃないかな~と つい最近気が付きました。

   大事なものは どこか遠くや 空の向こうではなく・・・・・。

           自分の心の中にあるものであると。   

    自分の心が かすんだり、曇ったり  腐ったりしないように

だからみんな  神社やお寺、教会やモスクで  気持ちを確認するんでしょうね。 )



              人生は   勇気と 共に。



                                  完。

              


 


                             店主  合掌 。



        皆様が  心豊かな  時間を過ごせますように。





心 静かに   生きましょう。
          


『 世界は一家  人類皆兄妹。  』


                                 ブログは これにて 終了。

                                          完


  心に 同じ周波数を持つ方は


     カテゴリー  「 夢 」   に 進んでみてください。


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2017年 富士山登山
2017-06-29 Thu 07:49
ご希望の方は 8月22日 ( 火曜日 ) 出発

 トラビスジャパン 「 富士山登山 」  に 各自申し込みください。

 ( 過去3回の 実績は  カテゴリー 「 登山部部室 」 にて配信中 。  )
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東山魁夷 美術館
2017-06-20 Tue 07:22
5月 23日。  

善光寺近くの 信濃美術館にある  『 東山魁夷館 』 に行ってまいりました。

美術館改装により 長期休館に入るため 5月末まで特別展示を行っておりました。

 東山魁夷に関して 私は全くの無知で たまたま今回妻に誘われ 鑑賞してまいりました。

 美術品に関しては 全くの素人の私は 美術家、 とか 芸術家などというと

 だいたい  変人か とっつきにくい 変わり者とか ヘンクツ人間とか

 絵や 芸術の才能はあっても  人間性や 常識、道徳心にかける

    どうせ金持ちの息子の  道楽人間  と 決めていた観があり


  そういう 狭い視野で物事を見ていた 自分自身の心の小ささに

           今日は  反省することとなりました。



それぞれ 今日は何も用事もなく 私も病み上がり

   時間を気にせず妻もじっくり鑑賞し   だらだらと 3時間。

 気ままに時間を過ごしているといろいろなものに 気持ちと 視線が

       向かうものであります。


美術館にある 東山魁夷さんの本の中で


    ある著名な方の コラムがあり 目に留まりました。



“ 芸術家の巨匠などというと だいたい近寄りがたい気難しい人間が相場であるのに対し

  東山魁夷は 常に謙虚で  心穏やかな人柄。   庶民芸術家の立場をはなれず

 だれもが 親しみやすい感性を持っている。  それは 魁夷が欧州に滞在していたころの

 現地の人々との交流の在り方にも 現れている。  ”


 そんな記事を見て・・・・。

    尚更、 温かい人柄が 絵画からつたわってくるようでした。


 東山魁夷さんの言葉にも こんな言葉がありました。



 “  わたしは 、喚き散らしたり 騒々しい表現を作品に表現したいとは思わない。

    また 新しい技法や 流行を取り入れようとは あまり思わない。

 たた  自然の中から感じる ありのままの 美しさを 表現することが

       出来ればと 希っている。 ”    




 “  初心を忘れずにやってゆきたい。  人間本来の素朴な暖かさを

          見失いたくないと思っている。   東山魁夷    ”


(  初心というのは 難しいものではなく、 本来人間の持つ 純粋さ 

     無垢な気持ち、  けがされることのない自分の透明な感情

                      ではないでしょうか 。 

  はじめて 物事に向かう時の 好奇心、ワクワク感、 緊張・・・・。

            初恋のような  理由のない 胸のときめきかな~。   )


    

  どんな世界に生きる人間も 大切なことはおなじなんだな~と 思いました。



  わたしも 49になりましたが  若いころとは 全く違い・・・・。



ジジイになったからこそかもしれませんが  少年の心を

        失いたくないと思うようになりました。



   何かを見て  感じる  胸のときめき、  新鮮さや、 驚き 、 好奇心


   純粋さかな~


       『 初心。 』  でしょうか?





  音楽や  料理  情報化社会など  すべてにおいて



  『  喚き散らしたり ( わめきちらしたり )、  騒々しい 、 雑多な  』


 そういうものは 一切  受けつけなくなっているきがします。


 東山魁夷さんのように・・・。


  自然の中にある 純粋な美しさ  静寂 素朴さが   心を安堵させてくれる


        ものとなりました。


 人びとで 込み合う テーマパーク や  観光地よりも


       山や海  ありのままの 姿の自然に 身を置くことを


        好むようになりました。


  音楽や  料理、  生き方も 同じです。


       シンプルなものの中に  心惹かれるものがあります。


 ( 現代人には  レディガガ のような 厚化粧な 音楽や 食べモノが

       好まれる世の中でしょうが。  )


混沌とした・・・・。

  そういう  大切なことを 忘れている現代社会でがありますが


       そういう 言葉、 同じ気持ちを持つ方に出会うと


       救われる気持ちになりますね。



  月曜日  何年ぶりかに風邪をひき 病み上がりでしたが


    普段気が付かないことに 気が付ける時間を 与えてもらったように感じます。



   
 もう  いつ死んでもいいと 思う最近ですが  ほっとしました。  

 


 (  東山魁夷  1999年 没。

         生前こんな言葉を 残されておりました。     

  “  この世界で生きている以上は 楽ができることはないと思っている ”


     そして 生前 精一杯 与えられた人生を 生きている姿に


  『 見習うべき 』 、 『 見習うことのできる人間性を持った人間 』 、

    そんな  人生の先輩の見本を    何十年ぶりかに見たように感じました。   


   そういうことなんだな~。   ) 


 ( 先日 スポーツ番組で 伊調馨 と 上野の対談の場面で

    ソフトボール日本代表の上野が 復帰を決意した心境を

  こう語っていました。


 「  北京五輪で金メダルを取って 私の人生は完結してしまい 目標を失っていた。

   長い間 自分を見失っていた時に こう言葉をかけてくれた人がいた。

 “ これからは 『 自分のためにっ! 』  ではなく、 今まで自分を支えてくれた人たちに

     恩返しするつもりで 生きてゆきなさい。 ”    と言ってもらい

  はっ   としたんです。  今までは  自分がどうなのかとか

       自分がどうしたい  とかしか 自分の殻の中から

      出ることができないで  ただ  悩んでいた。


    もう カッコつけるとかではなく 結果を残すとかではなく、

  
   自分を育ててくれた人に 恩返ししたい。  そして 自分を育ててくれたように


    私も誰かの 力になってあげられる役割を 果たそうと 思ったんです。


    そういう 気持ちになって  自然体に 自分と向き合うことができるようになった。」


             ・・・・・・・。


        そういうことなんですね。 人間って。  )


  ( わたしも もう 10年ほど前に 自分が必要としないものや・・・・

   なじめない 調味料や  流行りすたり、  世の中の雑音は 

    『  まとめてすべて ゴミ箱に 葬り去りました。 』  

   ただ こういう 水商売は 流行りあっての世界。

  そういう世界とは 接点すら 持とうとは 思わないですね。 )


            シンプル  イズ  ベストですよ。



 人生大切なことは  人との出会いだと思う。


 ソフトボール日本代表の上野も いい人と出会ったことで

   “ 自分が向かうべき方向 ”  に気が付いた。


 野球の清原も いい人に 出会っていたら 違ったっと思う。


私からは 若い人にはこう アドバイスしたい。


『 人から声をかけてもらえるような 生き方を していなくてはいけない。』


 謙虚であり 人の意見を受け入れられる 人格。


 自分自身の人間性を

     しっかりと 磨くことです。  


 



  人格  性格は  自分で修正できる 。


 間違っていることを 正す 謙虚な気持ち  と


   人をいたわる  おおらかな 気持ち。



     自分で  自分を 導ける 積極性。

  
  自分を変えられるのは  自分の気持ちなのだから。

 


 


清原なんかも プライドと 見栄が  自分の気持ちを 邪魔したんだろうな。 


  今まで 俺が俺が!  でやってきたから 自分を見失ったときに

  “ 自分が向かうべき方向 ”  を 見出せなかったんだと思う。



  長嶋さんは 松井にべったりだし。


  清原は引退後 自分の理解者が 誰もいなかったんじゃないかな。


 すべてを手に入れた人間は  わからなくなっちゃうんだな~。


    自分の 生きがいは お金では買えないもの・・・・・。


      生きがいが  無くなって 変な方向、 誘惑に 溺れたんだろうね。


  “   欲望や快楽は  生きがいじゃないってこと ”  に 気が付かないままに・・・。。



 人間 一人になると 弱い生き物であることに気が付き

     不安になる。


       ・・・・・・。


  酒を飲んだり 薬で 紛らわしたり、 快楽に溺れたり。


  誰かが ・・・・。


          ソフトボール上野がきっかけを得た言葉のように


   “ 向かうべき方向 ”  を 導いてあげられる人がいたなら。


     (  聞く耳があったかどうかも 問題だが・・・・。 )


          人間なんか 紙一重の きっかけだと思う。


    常に 謙虚であり 人の意見を聞こうとする


          純粋さが 大事なんじゃないでしょうか。


      『 心が 曇っていれば 何も見えなくなる 』  というのは 


         甘え 、 いいわけですよ。  


          情けない話ですよ。




 人生は 良くも  悪くも  自分が 向かった方向に


       進んでゆくものです。


この前 朝  ジョギングの最中  南照寺 さんの

 「 今月の言葉 」  が 書かれている 鳥居横の掲示板を見てきました。


 “  苦しい時ほど  正しい道を行け  ”



 (  楽な方に逃げてばかりいると 余計に しんどくなるものです。

    自分を鍛えて 精神的にも 肉体的にも たくましく。

   わたしも 日々 小さなことを 積み重ねたいと思います。  合掌  )



 今日は カテゴリー  「 登山部部室 」  どうぞ。

    一年の無事に感謝し 今年もまた・・・。


 < 追伸  7月1日発行 第605号  浄土宗新聞より  >

 昭和を代表する日本画家 東山魁夷画伯。鮮やかに彩られた風景画の数々には見るものを圧倒する美しさと迫力に満ちています。画伯が風景画を描き始めたのはある出来事がきっかけでした。若いころの画伯は仲間の画家たちが次々と世に出てゆく中、自分の絵だけが全く評価されず苦悩の日々を過ごしていました。そのさなかに父を失い、終戦近くには召集を受けて、爆弾を抱えて敵の戦車に突撃する訓練に明け暮れていたそうです。まさに死と隣り合わせの絶望の中にいました。そんな時軍の命令で熊本城に行き天守閣から風景を見た時、普段であれば気にも留めない風景に 「生命の輝き」を感じ、その美しさに涙を流すほど衝撃を受けたといいます。そして 「 また再び絵筆をとれる日が来たらこの感動を今の気持ちで描こう。」 と誓ったそうです。終戦の2年後、日本美術展覧会に出品した作品は特選に選ばれ東山魁夷の名前は広く知られるようになりました。苦しみ、絶望のどん底から 「自然の本当の美しさ 」 を見出し、強い信念とたゆまぬ努力の末見事にその才能を開花させたのです。

  ( お釈迦さまも、法然上人もまた、苦悩の中から 「すべての人々が救われる」 知恵を、見つけ出したとのことが新聞に書かれていました。)

 『  悩みの種から 花が咲く  』  。

   人間だれしも 正しい道を 自分で見つけなければなりませんね。

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シルクロード
2017-06-17 Sat 21:22
はやいもので 2月。 

  昨日は夜の営業前に 豆まきをしました。

 小さな大豆の豆を 食べると・・・・・。


 幼いころの 思い出が ・・・・。


           脳裏に鮮明に蘇りました。



        鬼は~外  福は~内




      遺伝子に 焼き付いた 46億年の歴史を感じます。


     皆さまも 風邪に気をつけてください。


            病は  気からです。



     病は気からです。       くれぐれもご自愛ください。


  清らかな精神は  自らの 心の あり方次第です。





   


 ≪  2012年 6月 ブログより ≫


2012年 は 日中国交正常化 40周年の 節目であった。


1972年  日中国交正常化


  当時の中国首相 ・・・。 周恩来は  日本国民に 2頭のパンダ


    『 ランラン 』  『 カンカン 』  を  贈ってくれた。


 戦後 中国に 取り残された 日本人が ようやく 帰国するチャンスを与えてくれた。

(  戦後ようやく中国残留孤児調査が行なわれ  多くの中国に取り残されていた家族が

         ふるさと日本へ 帰国することができた。 )

 ( 戦時中の軍国主義の世界は  多くの人間を苦しめた歴史があります。
     日本も 反省しなくてはならない歴史です。 未来の平和のために。 )

・・・・・。

(   2002年  当時の日本の首相、 小泉純一氏は 北朝鮮を訪問した。

 この時 日中国交正常化 30周年であった 。

   小泉氏もまた  角栄氏の 『 直接会う事 』 の意味 を 理解していたからこそ

       歴史に名を残す  外交を 達成した。


田中角栄の中国訪問、   小泉氏の北朝鮮訪問、


「 日本の首相が  直々に 訪ねてくる。 」 のであるから、  国際世論の中でも

    当然  悪い気はしない。   断る理由も 見つからないであろう。


  しかも  国際世論が 注目しているとなれば


     当然 迎える側の国の 姿勢や 対応も 問われてくるものである。



    手ぶらで帰らせるわけにはいかない立場の 当時の 中国は

           日本人残留孤児の返還と  国交の 記念を授けてくれた。


  北朝鮮の場合も  同じであった。

 





  その昔・・・・。



     命がけで 大陸の文化を学ぼうと 海を渡ってきた


            日本の  遣隋使  遣唐使 たちを


   大陸の持つ  広い心で  受け入れ   惜しみなく こころよく


           仏教や  多くの文化を   与えたように・・・・・。



 (   遣唐使として 海を渡った 日本の  「 道昭 」  。

     653年に中国で旅を終えた 三蔵法師と 会いまみえている。

      多くの教えを学び  日本に持ち帰り 今日の日本人の 価値観の

            基礎となっている 部分も多い。 )

     



  当時の 日本の首相 田中角栄の



       “ 事故を装い  殺されたとしても かまわない ” と


    北京に   政府専用機で 現れた  日本の首相の覚悟を



       戦争の歴史を  差し引きながらも こころよく受け入れた



                 当時の 中国国家主席



          大陸の大国  中国の    周恩来 。



 




 1972年



     日中の 国交は 長い断絶の 時間を終え


          再び 結ばれた。



   そして  日中共同で  テレビドラマ



      「  西遊記  」  制作が



             中国  シルクロードで 行われた。



                  ・・・・。



  ( 当時 日本テレビが 開局25周年の 記念事業として おおいに 力を入れた。


    夏目雅子  境 正明  岸部四郎  西田敏行  の コミカルな演技が


    一層 国民の 関心を集めた。  そこに映し出される  中国の

    広大な 自然  圧倒的な 歴史的建造物は 当時の国民に

     衝撃を与え  異国の地への 憧れを  抱かせた。  )



 米国バークリー音楽大学からの 留学を終え 帰国した  「 ミッキー吉野  」


    東京外国語大学学生  「  タケカワユキヒデ 」


    を 中心とした  ロックバンド



         『  ゴダイゴ  』



     ( 名前の 由来は  後醍醐天皇、  


go die go    "  生き  死に   逝く  ”  



         ゴッド < 神 >   と  エゴ を   i 愛で



結び  “  ゴダイゴ  ”  とも 言われる。  )




   ゴダイゴの歌う  英語の主題歌 は 


      戦中から 英語が 禁止されていた 日本国内では  センセーショナルな


            ものであり  ゆえに



    日本人にとっては  まるで  異文化の世界に 引き込まれる


              カルチャーショッック  であったに違いない。




 シルクロードを舞台に  展開される 


  ドラマ  「  西遊記  」


  説明するまでもないが   西暦 630年ごろ


    三蔵法師 が 孫悟空ら  従者を 従え インドの 天竺に向け


     シルクロードを  いろいろな思い、  出会い  苦労を


     乗り越え  精神修行をしながら  旅をする 物語。


(   荒廃した世の中を正すための 経典を求め インド 天竺を目指す物語。

                冒険譚。

   じつは  宇宙戦艦ヤマト の 元にもなっているストーリーであることは

         良く知られている。

   放射能で汚染された地球を甦らせるために、イスカンダルに 向かう 物語であるが

    現代日本の抱える問題に 非情に似ている。)


( 余談であるが  宇宙戦艦ヤマトが目指した星  『 イスカンダル 』。

 エジプトの アレクサンドリアは 中世 ペルシャの物語、伝説では

  その土地を イスカンダルと 呼んでいたことも 興味深い。

 その 真相については ネットでクリック、検索し 参考書や 知識人の

 言葉をうのみにする 世の中ではあるが  個人の 想像をまずは

   働かせて ぜひ 考えることの面白さを味わってほしいものである。

  私に言わせれば バーチャルな現代人の受けもの感覚が

   今の日本の  未婚、 少子化現象を 加速させてしまったのだと感じる。

  自分の直感で生きるという 野生を取り戻してもらいたい。 )


   その  日中共同制作の 「 西遊記 」  映像の 圧倒的 衝撃に  当時




     幼いながら    「  異国への  異国の 地への思い 」



        を  強く 抱かされた  私であった。




          ・・・



    人間の歴史、  人類の 偉大な遺産を 感じる思いであった。




  

   数万年前はもちろん 太古の昔から



       多くの 人々の 勇気の上に 築かれた 



         『 今  』    


         
        に  あらためて  深く  深く  感謝したい。




 余談ではあるが


     西遊記の 主人公   三蔵法師 。 日本の仏教も 大きな影響を受けている。


 西暦 602年  ( 600年という説もある ) 河南省陳留県に 生まれる。


    13歳で 出家。  27歳の時に  


      “ 荒れた 人々の 魂を 救済するための 法典 ” を 求め


        長安から インドに向け 旅を始める。



654年 遣唐使として 海を渡った 日本の僧 道昭は ( 奈良の薬師寺 を 開いた )


      長安で 旅から 経典を持ち帰った 三蔵法師に まみえている。


       ( ちなみに  道昭の 弟子が  行基である  )


   その 教えを 日本に持ち帰り  日本の仏教 文化の 源となっている。



    日本人のものの考え方  価値観 思想  感受性 論理感 ・・・・・・。


   三蔵法師が 求めた ものの考え方は 日本の 文化にも大きな影響をもたらした。


     現代  我々日本人の 精神の中にある部分も 決して無縁ではない。


       そう考えて  はるか 昔から伝わる 文化を考えると



        面白いものである。  




 ( 三蔵法師の遺骨   で  検索すると 日本との 意外な事実が ある。  )


   


『 シルクロード 』



シルクロードには 数多くの ルートがある。


    昨年 2011年  長野県民有志たちが 構想から 40年


   2007年からの  自転車 マラソン バイク  水泳  登山 による

    シルクロード横断を  終えることが出来た。



   約5年もの 歳月の記録 報告書が  あすぺる樹 に ある。


      店内文庫に あるので 見たい方は ぜひ ご覧あれ。




  さて  シルクロードであるが



   わたしも  恥ずかしながら  自動車を使い  1990年


   シルクロードの 西の 終着点 トルコを


    湾岸戦争下  4000キロの 旅をした。
Mar12_24.jpg
Mar24_26.jpg
Mar15_25.jpg


 ( 古代の人々が ラクダで 数百キロもの タクラマカン砂漠を 横断したことを思えば

   ガスコンロ  テント 持参 という 軟弱な 文明的な 旅であった。 )



    アナトリア地方の 荒野に  置き去りにされた  古代遺跡から


         わたしなりに   当時の人々の 思いを 感じ取ったものである。



 
三蔵法師も おそらく  訪問したであろう  アフガニスタンの 


      「 バーミアン 」 。


  当時の大仏の  姿を まのあたりにして


           何を 感じられていたのであろう・・・・・。


   千数百年 文明を 見つめ続けてきた  『 バーミアンの大仏 』



    三蔵法師も 見たであろう この  大仏は


    残念ながら  2001年   タリバンによって 破壊されてしまった。



  先日  偶然のご縁で  2000年に バーミアンを 訪問し 大仏を写真に収めた


     菅沼隆二氏の  写真集


   「 バーミアン大佛 最後の雄姿 」 を 手に入れることが出来た。



  当時 アフガニスタン は 政府  反政府、 タリバン  反タリバン


    そして  アルカイダ と  内戦状態にあり  バーミアンの地も


    海外メデアの 訪問は 一切許されていなかった。


      撮影などは まず考えられなかった。


    ゆえに  破壊前の  大仏の 映像は   貴重なものであることは


              言うまでも無い。



  当時の外務大臣 政務官   松浪 健四郎氏も こう語っている。


 “  わが国の 仏教文化と 深いつながりを持つバーミアン 。 あの 谷と 里と

    山々が 日本文化に大きな影響を与えた。 その最後の記録を残した

    菅沼氏の 努力に 敬意を表したい ”


                  

  菅沼氏は 教育委員を 退職後  60歳から


    “ 三蔵法師の辿った道  ”  を  訪ねる旅をはじめた。





    もちろん  一攫千金を狙った  カメラマンの 視線ではない。





  菅沼氏の  バーミアンの 写真集を 開いて  見て



    私は  あらためて  シルクロードの 意味を知った・・・・。



   東洋と  西洋の  交わる場所  シルクロード 。




  古代  ギリシャ神話の神々のような 顔立ちをした



     仏教の 仏像の姿を見たときに




   エジプト文明  ペルシャ文明 の中でも  やはり そうであったように



       あることに  気が付いた・・・・・。




アレクサンダー大王の インド遠征によって 古代ギリシャ文明の


   偶像文化  彫刻技術が  アジアの 神々の姿を


     形にする  表現する  文化につながった。



  古代ギリシャ彫刻のような  バーミアンに残る 仏像の姿・・・・。







  宗教は 権力の道具とされた 都合よく つくられた  時代もあったが・・・。


  
   日本の1万年3000年まえの 遺跡から  土偶が 出土している事実が


( 滋賀県 東近江市  相谷熊原遺跡より出土  国内最古 )


   裏付けるように・・・・・・。  人間は 原人であった太古の昔から



     太陽や  月   自然の中にあるものに 感謝し



          祈りを ささげ  命を つないで  生きてきた・・・・・。




太陽は  少なくとも  地球を含め  46億年以上



            太陽系の  天体を 照らし続けてきた。






   地球と  双子である  月は  地球の誕生から



              地球と離れずに よりそい




             お互いを 励まし合ってきた。




                 ・・・・・。





  人間が  作ったものも  素晴らしいのだろうが、



      ここ何千年 で  どうこう  という 浅い ものではない・・・・。




 
  心の中に あるもの。    それで  充分ではないであろうか。



我々の 命は  46億年を生き抜いてきた 地球生命の 魂、 DNA が


         
                   宿っているのであるから。




   それはまた 地球上に 生きる すべての 『 命 』 でもある。







   まあ  それは  心の中に しまっておこう・・・・。




  シルクロード・・・・。



  コロンブスも  新大陸を 目指したように



      人々は  未知の世界を  目指して  旅をする。






   『 旅  』  とは  


        『  心が 導かれて 行く 』  ものではないであろうか?




   古代  シルクロードを  旅した 人々も きっと



            そうで あったように・・・・。







   さてと!   これから  農作業が 忙しくなります。



     文明社会からは  離脱しています。



安易な 貨幣経済  情報化社会にも  見切りをつけています。


 
 あっち立てれば  こっちが立たない


       円高になればなったで  悲鳴を上げて

       円安になればなったで  いちいち 悲鳴を上げる。


              大事なものは  そんなものなんでしょうか?


    経済という 物差しが  『 幸せを 査定する 』  ようになってから

           人間の心の在り方は  変わったのではないでしょうか?






   自分の主張はするが  他人の立場では 物事を考えられない



             世界中がそんな 時代において



   わたしは  無の境地に 向かう  三蔵法師のように



 身勝手な 大人たちの 社会には すこし 見切りをつけ・・・。




  未来ある子供達のために

    「 学校給食用 」 の 農産物を 作る 生産現場の 見習いを

        8年ほど前から 店の営業の合間に 行っております。


IMG_5207 チーム 長野
IMG_5205 玉葱の苗 植え込み



 (  あすぺる樹は “ 欲深さのない庶民 ”  が集う  定食屋さんです。 )







50年後 100億人となる 世界人口。


        食糧難になることは  避けられないでしょう。



経済や 物欲 に 関しては 世界中  飽和状態ですからね。




    肝心な 自然環境、 食料生産能力   空気  水 は


          汚れ  無くなる一方 ではないでしょうか・・・・。


               まあ・・・。


            どうにもならないのが 世の中ですが。



わたしは  


    日本の子供たちの食料確保のために  日本の農業に 向かい合っています。
     


     「 経済さえ良ければ 」  とか 


        「 お金さえあれば何でも手に入れられる 」



          そういう  平和な時代が づっと続けば いいのでしょうが。


                  ・・・・。





   人間の心が  閉塞的になる原因の 理由も なんとなく 解る気がします。


                ・・・・・・・・。


  



     残念ながら  地球環境  空気  水  は お金では買えないもの。



         ( ペットボトルの 水なら 買えるでしょうがね  ははは。 )




        健全に 生きられる 生活環境の 未来を 考えなければ



             困ることになるでしょうね。 



   そういうことを 考えて居られる日本は本当に 平和な国です。 


      私はただ    『 今 』  を 生きるだけです。


                                 完。



                      店主   合掌 。
               

(  最近は ほとんど テレビを見なくなりました。

         人間の感情を 失わないために。

  まあ  日本は 単一民族、単一価値観  バラエテー思考の国だから

     それはそれで 平和でいいのです。

  でも私は 日本の 娯楽テレビ文化には ついてゆけない・・・・・。

  そういうのを 見ない ですんでいた  欧州滞在時代が 

     未だに 感覚として 身についているのでしょう。

 ろくでもない 政治家や モラルのない大人たちの 事件も多いですからね。


  見ざる  言わざる  聞かざる   の

       わたしは お猿さんです。


  (  アイアイアイアイ  Ⅰ am   お猿さんですよ~🎵 )

あすぺる樹 21時45分 消灯。 

       8時45分の時点で ノーゲストの場合は 閉店します。 )


便利な世の中に慣れて生きていると・・・・。

  ちょっとした不便も我慢できなくなり、 不便を克服する

  精神的工夫や  知恵がなくなる気がします。


 情報化社会に埋没し  溺れているから

   現代人は 自然の中から本質を 受信する


         能力を 失ったんでしょうね。


 ストレス社会なのではなく  精神的強さの 軟弱化、


     危機回避能力や  忍耐の無さが


       人間を 弱くしてるんではないんでしょうか。
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