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あすぺる樹の付゛録 あすぺる樹の不思議な世界へようこそ!!
地球温暖化
2018-10-13 Sat 22:03
今日はカテゴリー 

  「 空の旅 」 を ご覧ください。

 当店は 地球温暖化防止のため  営業時間 営業日数  メニューを 極限まで減らし

 取り組んでおります。



   いつまでたっても    「  誰かがやるだろう 」  、 「 俺には関係ない 」

    というスタンスでは  何も始まりません。



  先進国の  営利優先的考え  浪費による 経済依存

   
         この先の 地球の未来が 心配ですね。


           出来ることを しようと思います。


         
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シルクロード
2018-09-30 Sun 18:22
8月 13日  迎え盆。

  行きは 早く来てもらうように きゅうりの馬で。

  帰りはのんびりゆっくり 帰ってもらいたいから


           茄子の 牛 。


    日本の伝統文化の  知恵と 人間の心の温かさを感じます。



   みんな  人間の心の 温かさを求め  故郷に帰ります。



              のんびりしましょう。


                   (  当店は  昼 2時、    夜 9時まで。  )

   

2018年 7月 25日

 中野市在住の  20年ほど前のベルギー日本人学校 校長先生だった方が、

   夫婦で 中国人留学生 4人 ( 美人軍団 ) を 連れてきてくださりました。


2300年前に 秦の始皇帝の使者として 日本に不老不死の薬を求め

 数千人の技術者などを連れて日本にやってきたとされる中国の  徐福 。



 一説には 当時はるか 大陸でも  日本の富士山の うわさは 伝わり・・・。



 単独 独立峰として 噴火を続け


 自らの 力  エネルギーで 4000メートル近くまでの標高を 築き上げた

 日本が誇る  「 富士山 」 ( 当時は どういう名前で呼ばれていたのか?)


 「  計り知れない  エネルギーを放出し 続ける あの山にこそ!

  不老不死をかなえる 秘密があるに違いないっ! 」



  2300年前に 秦の始皇帝の命を受け   富士山にやってきたとされる


  「 徐福伝説 」  の 裏付けは・・・・。



『 秦  』   日本語の 訓読み 音読み では  「  秦   シン  はた 」  とよみ


   富士山北部を中心に  吉田地区などに



 「  秦  、 羽田 、  波多  」  妙をもつ 名前の一族が多く


 羽田 に至っては  吉田地区だけでも 400件が 羽田を名乗る 。 



  神社の宮司をはじめ  屋敷の一族も  波多 姓も 多い 。


 江戸時代  徳川幕府に差し出した

  「 河口御師団 由緒 」  に記述には


 「  秦の始皇帝の子孫が我が朝に渡り来て・・・・。17代仁徳天皇より 姓を 波多と賜り・・・」


 という  記述の文献があるほどである。 



  という  資料が  たまたま  あすぺる樹の 文庫にあり


  それを 一緒に見て  大いに盛り上がりました!



 (   眼には見えない 何かの 意志でしょうか?

   前の日に  玄関先に   “ 大きなスイカ ”  が 届けられていました!


    一晩冷蔵庫に入れて 冷やされた スイカを

   
      中国から訪問された御一行様に  おもてなし。


 “ 明日 あすぺる樹に 来られる 方々に お出しするように!  ”


   眼には見えない 不思議な 意志が ・・・・。


    その日の朝になり  「 今日のお昼 8人で行きまっせっ! 」





    とのご連絡があり 来店されて初めて


     中国の 使者であることを知りました!


        最近は  そんな 科学では解明できない

  
    出来事の多い  当店!


              (  宝くじ!  当たれ~っ!  )



      宇多田ヒカルの  唄

 
     「 ファイト  ザ  ブルース 」  の 唄の歌詞にも あります。



    “ 目には見えない~🎵   金じゃ買えない ~ ♫  ”  ってね。


   
     金で買えるものなんて  ・・・。  たかが知れてますよね。 


       金で買えるものしか  集められない人生よりも ・・・・。


       眼には見えない ・・・。 



           遺伝子が  導き・・・。  


        与えてくださる   ご縁・・・。



 そういうものって  ありがたいものですね。




     それが私の  唯一の    財産のような気がします。  感謝! )


諸説  あまりにも多い  富士山の 名前の 由来の中には



 不二   ( 唯一無二の意味  ) だったり


 不死  ( 不老不死 )



   周辺の神社にも  あえて   不二山 浅間神社  とか


      不死 浅間神社  とか  気が付かない部分に 隠されて


   使われていることにも 興味深い!



    彼女たちは 中国の エリート 大学生との事・・・。



  このブログも 紹介したので 今日は もう 6年以上 も前になる


  記事を  トップに 持ってきました!



  どうぞ!




      はじまり   はじまり~。 




   ≪   シルクロード   ≫




地球から1億5000万キロ離れた 太陽の光が

 約 8分後に 地球に到達。


広大な宇宙

 大きな渦巻きの天の川銀河の中にある ・・・・。


    銀河系の 小さな渦巻 


  その中に 数百億存在する 恒星の一つが

    我々の 太陽系の中心   母なる  太陽  


 植物は 太陽エネルギーを 光合成し 命の源に変換することで生きています。


 


 厳しかった冬の寒さも終わり  太陽、  日の光が暖かく感じられる


  そんな季節になりましたが  皆様におかれましては


        いかがお過ごしでしょうか?


 スーパーカミオカンデに 飛びこんで来る  遥か宇宙から届いた


   ニュートリノ


  あすぺる樹のお客様は   皆 ニュートリノであります。


        いらっしゃいませ




   出会い・・・・。   遺伝子に 焼き付いた 46億年の歴史を感じます。


人生におきまして もっとも大事な事は   『 自分の心を 見失わない事。 』


   そんな気がして なりません。



    自分の心の中に 宇宙がある事を 感じずにはいられない


       今日この頃であります。





  いろいろな 雑音が多い世の中ですが



    遺伝子の電波を 受信する

     
    自分の 心のアンテナを しっかりと

   
           『  守る事。  』


      おのずと  『 自分が進むべき道 』  を


         遺伝子が 導くことでしょう。


   
   46億年続いてきた 命のバトンを  受けるものの


          宿命   義務  、 そして  プライド



   若い人には  我こそが  という 気持ちで 生きてもらいたい。

PDR_1103.jpg
Mar02_23.jpg




     自分の 精神を 鍛えることも  大事です。



     免疫力、 忍耐力、  人間力 、 判断力  体力。


       突き進む  勇気を 忘れずに。



  心も体も  健全に 保つことが 何よりも大事です。



      お互いに  頑張りましょう!


       命ある限り







さて

 世界中で 指導者たちは いろいろな思惑を抱いている世の中ですが・・・・。


          命に感謝して生きていたいものであります。


  清らかな精神は  自らの 心の あり方次第です。


     あまり いろいろなものに つき合わされず 健全に生きたいものです。





   


 ≪  2012年 6月 ブログより ≫


2012年 は 日中国交正常化 40周年の 節目であった。


1972年  日中国交正常化


  当時の中国首相 ・・・。 周恩来は  日本国民に 2頭のパンダ


    『 ランラン 』  『 カンカン 』  を  贈ってくれた。


 戦後 中国に 取り残された 日本人が ようやく 帰国するチャンスを与えてくれた。

(  戦後ようやく中国残留孤児調査が行なわれ  多くの中国に取り残されていた家族が

         ふるさと日本へ 帰国することができた。 )

 ( 戦時中の軍国主義の世界は  多くの人間を苦しめた歴史があります。
     日本も 反省しなくてはならない歴史です。 未来の平和のために。 )

・・・・・。

(   2002年  当時の日本の首相、 小泉純一氏は 北朝鮮を訪問した。

 この時 日中国交正常化 30周年であった 。

   小泉氏もまた  角栄氏の 『 直接会う事 』 の意味 を 理解していたからこそ

       歴史に名を残す  外交を 達成した。


田中角栄の中国訪問、   小泉氏の北朝鮮訪問、


「 日本の首相 田中角栄が  直々に 訪ねてくる。 」 のであるから、


  国際世論の中でも当然  悪い気はしない。  


 断る理由も 見つからないであろう。


  しかも  国際世論が 注目しているとなれば


     当然 迎える側の国の 姿勢や 対応も 問われてくるものである。



    手ぶらで帰らせるわけにはいかない立場の 当時の 中国は

           日本人残留孤児の返還と  国交の 記念を授けてくれた。


  北朝鮮の場合も  同じであった。

 

 ( 小泉政権では 田中角栄の娘、真紀子を入閣させた 小泉氏の思い。

 30年後 父の築き上げた外交の場、 外務省の大臣に任命された真紀子であったが

  どの省庁も同じであるのと変わらず・・・。 真紀子も 当時 マスコミへのインタビューで

  「 今の外務省は  伏魔殿 のようだ。  」  と 怒りをあらわにしていた。

 19世紀 各国の探検隊が 略奪目的で

   エジプトやインド、  中国の遺跡から ハイエナのごとく 財宝文化財を持ち去った

 のと 同じような状況を 語っていた。

  海外に逃亡した 外務省官僚に対し

 「 盗人に 追い銭 だ 」  と 真紀子さんが 激怒していたのを思い出します。  )


どこの国よりも 国民総生産額 ( 国民が稼ぐお金の額。) は 多い国でありながら

 良い思いをしている 連中に 吸い上げられているのも 日本の現状。

 議員年金やらなんか  天下りで何重にも 給料、退職金、役員報酬を

  国民から集めた財源 税金を財源に されている。

 議員年金なんかは  

「 財産を持っている人間 、 生活になんら困ってもいない人間 」

      に 手厚く 支給されているから 、 本来 本当に必要としている

 国民には なぜか  回されることはない 不思議がある。 

  森〇学園  〇計学園 問題も ありがちな悪代官の 姿の

   氷山の一角にすぎない。  )



 すべての時代劇のストーリー が そうであるように

  いつの時代も 集めた年貢を 私物化するのは  代々引き継がれた文化。

  舛添さんにも 慎太郎にも   国民は同じ姿を感じたはず。  ) 


 <  はいそこまでっ!  あまり書くと 手を回されるぞっ!  >


                                  (  だね。  )



ただ 本来は 外交を志す  志を持った 人間もいたからこそ

 
 『 今の日本の文化があるっ! 』   ことも


  私はぜひ!  日本の 若い国民にもしってほしいっ!


  本来であれば  誇り高き  遺伝子を持つ 民族であることも。


    ( 恥ずかしくも 欲に目がくらんでいるのは 一部の人間だけです。 )



  その昔・・・・。



     命がけで 大陸の文化を学ぼうと 海を渡ってきた


            日本の  遣隋使  遣唐使 たちを


   大陸の持つ  広い心で  受け入れ   惜しみなく こころよく


           仏教や  多くの文化を   与えたように・・・・・。



 (   遣唐使として 海を渡った 日本の  「 道昭 」  。

     653年に中国で旅を終えた 三蔵法師と 会いまみえている。

      多くの教えを学び  日本に持ち帰り 今日の日本人の 価値観の

            基礎となっている 部分も多い。 )

     



  当時の 日本の首相 田中角栄の



       “ 事故を装い  殺されたとしても かまわない ” と


    北京に   政府専用機で 現れた  日本の首相の覚悟を



       戦争の歴史を  差し引きながらも こころよく受け入れた



                 当時の 中国国家主席



          大陸の大国  中国の    周恩来 。



 




 1972年



     日中の 国交は 長い断絶の 時間を終え


          再び 結ばれた。



   そして  日中共同で  テレビドラマ



      「  西遊記  」  制作が



             中国  シルクロードで 行われた。



                  ・・・・。



  ( 当時 日本テレビが 開局25周年の 記念事業として おおいに 力を入れた。


    夏目雅子  境 正明  岸部四郎  西田敏行  の コミカルな演技が


    一層 国民の 関心を集めた。  そこに映し出される  中国の

    広大な 自然  圧倒的な 歴史的建造物は 当時の国民に

     衝撃を与え  異国の地への 憧れを  抱かせた。  )



 米国バークリー音楽大学からの 留学を終え 帰国した  「 ミッキー吉野  」


    東京外国語大学学生  「  タケカワユキヒデ 」


    を 中心とした  ロックバンド



         『  ゴダイゴ  』



     ( 名前の 由来は  後醍醐天皇、  


go die go    "  生き  死に   逝く  ”  



         ゴッド < 神 >   と  エゴ を   i 愛で



結び  “  ゴダイゴ  ”  とも 言われる。  )




   ゴダイゴの歌う  英語の主題歌 は 


      戦中から 英語が 禁止されていた 日本国内では  センセーショナルな


            ものであり  ゆえに



    日本人にとっては  まるで  異文化の世界に 引き込まれる


              カルチャーショッック  であったに違いない。




 シルクロードを舞台に  展開される 


  ドラマ  「  西遊記  」


  説明するまでもないが   西暦 630年ごろ


    三蔵法師 が 孫悟空ら  従者を 従え インドの 天竺に向け


     シルクロードを  いろいろな思い、  出会い  苦労を


     乗り越え  精神修行をしながら  旅をする 物語。


(   荒廃した世の中を正すための 経典を求め インド 天竺を目指す物語。

                冒険譚。

   じつは  宇宙戦艦ヤマト の 元にもなっているストーリーであることは

         良く知られている。

   放射能で汚染された地球を甦らせるために、イスカンダルに 向かう 物語であるが

    現代日本の抱える問題に 非情に似ている。)


( 余談であるが  宇宙戦艦ヤマトが目指した星  『 イスカンダル 』。

 エジプトの アレクサンドリアは 中世 ペルシャの物語、伝説では

  その土地を イスカンダルと 呼んでいたことも 興味深い。

 その 真相については ネットでクリック、検索し 参考書や 知識人の

 言葉をうのみにする 世の中ではあるが  個人の 想像をまずは

   働かせて ぜひ 考えることの面白さを味わってほしいものである。

  私に言わせれば バーチャルな現代人の受けもの感覚が

   今の日本の  未婚、 少子化現象を 加速させてしまったのだと感じる。

  自分の直感で生きるという 野生を取り戻してもらいたい。 )


   その  日中共同制作の 「 西遊記 」  映像の 圧倒的 衝撃に  当時




     幼いながら    「  異国への  異国の 地への思い 」



        を  強く 抱かされた  私であった。




          ・・・



    人間の歴史、  人類の 偉大な遺産を 感じる思いであった。




  

   数万年前はもちろん 太古の昔から



       多くの 人々の 勇気の上に 築かれた 



         『 今  』    


         
        に  あらためて  深く  深く  感謝したい。




 余談ではあるが


     西遊記の 主人公   三蔵法師 。 日本の仏教も 大きな影響を受けている。


 西暦 602年  ( 600年という説もある ) 河南省陳留県に 生まれる。


    13歳で 出家。  27歳の時に  


      “ 荒れた 人々の 魂を 救済するための 法典 ” を 求め


        長安から インドに向け 旅を始める。



654年 遣唐使として 海を渡った 日本の僧 道昭は ( 奈良の薬師寺 を 開いた )


      長安で 旅から 経典を持ち帰った 三蔵法師に まみえている。


       ( ちなみに  道昭の 弟子が  行基である  )


   その 教えを 日本に持ち帰り  日本の仏教 文化の 源となっている。



    日本人のものの考え方  価値観 思想  感受性 論理感 ・・・・・・。


   三蔵法師が 求めた ものの考え方は 日本の 文化にも大きな影響をもたらした。


     現代  我々日本人の 精神の中にある部分も 決して無縁ではない。


       そう考えて  はるか 昔から伝わる 文化を考えると



        面白いものである。  




 ( 三蔵法師の遺骨   で  検索すると 日本との 意外な事実が ある。  )




(   確認のため補足。

   当ブログでは 玄奘三蔵を   三蔵法師の名前で記載させていただいております。


 弘法大師を 空海、 佐伯 と 呼ぶ 見方もあるように。  日本人に親しまれた名前を

         使用しております。  恐るべしは 人間の探究心。

              西突厥の 王様   ありがとう。) 
   


『 シルクロード 』



シルクロードには 数多くの ルートがある。


    昨年 2011年  長野県民有志たちが 構想から 40年


   2007年からの  自転車 マラソン バイク  水泳  登山 による

    シルクロード横断を  終えることが出来た。



   約5年もの 歳月の記録 報告書が  あすぺる樹 に ある。


      店内文庫に あるので 見たい方は ぜひ ご覧あれ。




  さて  シルクロードであるが



   わたしも  恥ずかしながら  自動車を使い  1990年


   シルクロードの 西の 終着点 トルコを


    湾岸戦争下  4000キロの 旅をした。
Mar12_24.jpg
Mar24_26.jpg
Mar15_25.jpg


 ( 古代の人々が ラクダで 数百キロもの タクラマカン砂漠を 横断したことを思えば

   ガスコンロ  テント 持参 という 軟弱な 文明的な 旅であった。 )



    アナトリア地方の 荒野に  置き去りにされた  古代遺跡から


         わたしなりに   当時の人々の 思いを 感じ取ったものである。



 
三蔵法師も おそらく  訪問したであろう  アフガニスタンの 


      「 バーミアン 」 。


  当時の大仏の  姿を まのあたりにして


           何を 感じられていたのであろう・・・・・。


   千数百年 文明を 見つめ続けてきた  『 バーミアンの大仏 』



    三蔵法師も 見たであろう この  大仏は


    残念ながら  2001年   タリバンによって 破壊されてしまった。



  先日  偶然のご縁で  2000年に バーミアンを 訪問し 大仏を写真に収めた


     菅沼隆二氏の  写真集


   「 バーミアン大佛 最後の雄姿 」 を 手に入れることが出来た。



  当時 アフガニスタン は 政府  反政府、 タリバン  反タリバン


    そして  アルカイダ と  内戦状態にあり  バーミアンの地も


    海外メデアの 訪問は 一切許されていなかった。


      撮影などは まず考えられなかった。


    ゆえに  破壊前の  大仏の 映像は   貴重なものであることは


              言うまでも無い。



  当時の外務大臣 政務官   松浪 健四郎氏も こう語っている。


 “  わが国の 仏教文化と 深いつながりを持つバーミアン 。 あの 谷と 里と

    山々が 日本文化に大きな影響を与えた。 その最後の記録を残した

    菅沼氏の 努力に 敬意を表したい ”


                  

  菅沼氏は 教育委員を 退職後  60歳から


    “ 三蔵法師の辿った道  ”  を  訪ねる旅をはじめた。





    もちろん  一攫千金を狙った  カメラマンの 視線ではない。





  菅沼氏の  バーミアンの 写真集を 開いて  見て



    私は  あらためて  シルクロードの 意味を知った・・・・。



   東洋と  西洋の  交わる場所  シルクロード 。




  古代  ギリシャ神話の神々のような 顔立ちをした



     仏教の 仏像の姿を見たときに




   エジプト文明  ペルシャ文明 の中でも  やはり そうであったように



       あることに  気が付いた・・・・・。




アレクサンダー大王の インド遠征によって 古代ギリシャ文明の


   偶像文化  彫刻技術が  アジアの 神々の姿を


     形にする  表現する  文化につながった。



  古代ギリシャ彫刻のような  バーミアンに残る 仏像の姿・・・・。







  宗教は 権力の道具とされた 都合よく つくられた  時代もあったが・・・。


  
   日本の1万年3000年まえの 遺跡から  土偶が 出土している事実が


( 滋賀県 東近江市  相谷熊原遺跡より出土  国内最古 )


   裏付けるように・・・・・・。  人間は 原人であった太古の昔から



     太陽や  月   自然の中にあるものに 感謝し



          祈りを ささげ  命を つないで  生きてきた・・・・・。




太陽は  少なくとも  地球を含め  46億年以上



            太陽系の  天体を 照らし続けてきた。






   地球と  双子である  月は  地球の誕生から



              地球と離れずに よりそい




             お互いを 励まし合ってきた。




                 ・・・・・。





  人間が  作ったものも  素晴らしいのだろうが、



      ここ何千年 で  どうこう  という 浅い ものではない・・・・。




 
  心の中に あるもの。    それで  充分ではないであろうか。



我々の 命は  46億年を生き抜いてきた 地球生命の 魂、 DNA が


         
                   宿っているのであるから。




   それはまた 地球上に 生きる すべての 『 命 』 でもある。







   まあ  それは  心の中に しまっておこう・・・・。




  シルクロード・・・・。



  コロンブスも  自分の時代から さかのぼる 300年前に 


 マルコポーロの冒険によって 書かれた 東方見聞録   ( 11世紀 )

  ( コロンブスは 14世紀   )


  を見て 刺激され パトロンを見つけ


 新大陸を 目指したように



      人々は  未知の世界を  目指して  旅をする。






   『 旅  』  とは  


        『  心が 導かれて 行く 』  ものではないであろうか?




   古代  シルクロードを  旅した 人々も きっと



            そうで あったように・・・・。







   さてと!   これから  農作業が 忙しくなります。



     文明社会からは  離脱しています。



安易な 貨幣経済  情報化社会にも  見切りをつけています。


 
 あっち立てれば  こっちが立たない


       円高になればなったで  悲鳴を上げて

       円安になればなったで  いちいち 悲鳴を上げる。


              大事なものは  そんなものなんでしょうか?


    経済という 物差しが  『 幸せを 査定する 』  ようになってから

           人間の心の在り方は  変わったのではないでしょうか?






   自分の主張はするが  他人の立場では 物事を考えられない



             世界中がそんな 時代において



   わたしは  無の境地に 向かう  三蔵法師のように



 身勝手な 大人たちの 社会には すこし 見切りをつけ・・・。




  未来ある子供達のために

    「 学校給食用 」 の 農産物を 作る 生産現場の 見習いを

        8年ほど前から 店の営業の合間に 行っております。


IMG_5207 チーム 長野
IMG_5205 玉葱の苗 植え込み



 (  あすぺる樹は “ 欲深さのない庶民 ”  が集う  定食屋さんです。 )







50年後 100億人となる 世界人口。


        食糧難になることは  避けられないでしょう。



経済や 物欲 に 関しては 世界中  飽和状態ですからね。




    肝心な 自然環境、 食料生産能力   空気  水 は


          汚れ  無くなる一方 ではないでしょうか・・・・。


               まあ・・・。


            どうにもならないのが 世の中ですが。



わたしは  


    日本の子供たちの食料確保のために  日本の農業に 向かい合っています。
     


     「 経済さえ良ければ 」  とか 


        「 お金さえあれば何でも手に入れられる 」



          そういう  平和な時代が づっと続けば いいのでしょうが。





   そういうことを 考えて居られる日本は本当に 平和な国です。 


      私はただ    『 今 』  を 生きるだけです。


                                 完。



                      店主   合掌 。
               

( ガラ携帯、 3月11日 完全崩壊、大破してしまい 御用の方は 店の電話で  )


  (  フェイスブックは 2008年をもちまして 終了しました。

        完全に 無の境地に 。   )
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ステップ  バイ  ステップ
2018-09-26 Wed 00:21
空模様が不安定な日が続きます。 


 明日 天気にな~れっ!🎵


 空が透き通るような 奇麗な時は  青空  夕日  星空・・・・。


    空を見上げてください。



 一周回るのに  数億年もかけて回る 我々のいる  “ 天の川銀河 ”


 遥か宇宙の 空間に存在する星 、  我々が暮らす 地球



  今日は  中秋の名月ですね。


      




  人間の心も  かすんでいたり  曇っていたり   ぐづついていたりする時は


     気持ちも  見通せない気分ですよね。




  奇麗な景色や 、   奇麗な心を持つ人の言葉 


    すがすがしい気分にしてくれる   自然の営み



    奇麗な空・・・・。



  良いことも  悪いことも    感染するものです。



     気は持ちよう 。   環境は人を変える。



   誰しもが  自分を見失わない  強い心を いつも保てるわけではありません。


   そんな時は  奇麗な  空を 見上げてください。



   46億年続き  引き継がれてきた 自分の命の原点


  
    何万年も前に生きていた  自分の祖先も 見上げてみていた  空。



  何億年も 星空が 見守っている 地球  


       気持ちも   勇気が湧いてくるものです。 



今日は カエリミノーグの唄

  「 エスペシャリー フォー・ユー 」  を 聞いてください。

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先日 フィンランド ヘルシンキで  家族で寿司屋を営む ご家族

   ( ヘルシンキ  「 和 こころ 」  )

が 一年ぶりに 遊びに来てくれました。

 幼い男の子を連れ ヘルシンキに渡り 10年以上 

 男の子も 日本でいう 中学生に成長


    時間の流れを 感じました。

 何よりも  今は マンネリ化した生活の埋没している 私の脳みそが

        刺激を与えられ  活性化しました!


私も 今年で 50歳になりました。


   まだまだ やりたいことはたくさんあるはずなのに


    若いころと違い  頑張れば解決できる単純な年齢と違い


   なかなか 解決できないことの方が多くなり そんな日々に

     埋没し 身動きが取れない状態です。



   同年齢の同世代が持つ  共通した 問題、現状ではないでしょうか。


     出来ることを  楽しんでやることを 心がけております。


 小さな幸せを  大きな幸せに   感じて変換できれば


       人生はそれだけで  豊かになります。


    心の持ち方次第なのです。


   世界中で 日本人として生きている 仲間を思えば


    おのずと  私自身も  背筋を伸ばし  生きねばなりません。


    そういう 想いに させてくれる 仲間がいることは 何よりの


     人生の財産です。      まだまだ これからですね。


    しばらくは 全く 日本の情報番組や  テレビやメデアに 目を向ける


  気持ちには 全くならない  感じでしたが


     ワールドカップ  日本代表   あっぱれです。


  コロンビア戦  私は 5-2 で 日本の勝利を 予想しておりましたが


   残りの2試合も  勝負は その時の運もあります。


    運は  日頃の  行いの  結晶、 成果ですから

      
        勝敗よりも  思い切り プレイすれば 良いと思います。


         ガンガン!  生きましょう!  




  エジプト在住 20年の知人も 今日本に 出稼ぎ。


  数年前 エジプトポンドが  3分の1の価値に大暴落。



 「 という事は  日本の通貨を稼げば 3倍の価値になる! ラッキー! 」


     神のご加護は  いつ訪れるか わかりません。


   肝心なことは    “ 準備が  出来ているか! ”

               “ 準備を おろそかにしているか ”


        すべての人間に あてはまる  法則です。






     ニュートンの  リンゴよりも   重要な事です!


                    日頃の 行いを 大切に!


                             以上!


 ちなみに 私は

   「  無の境地に たどり着いた! 」

  などと   勘違いしていたがために 準備不足。


     これからは   “ ギラギラ ガツガツ! 人間らしくっ! ”


     生きたいと思います。


      ここ15年  欲を捨てて生きていたら  ダメ人間になってしまいました。


    人間なんですから  人間らしく 生きねばならないんですよ。


           人間だもの。




         やっと 気が付きました!   15年を かえせっ!


         ・・・・・。
   

今年も 半分に差し掛かりました。  日々 日々  日々


  大事に しなければなりませんね。


 継続   そして  前向きな  生き方で 人生を 楽しみましょう。


「 今 」  という時間は  「 未来を変える可能性 」  があるのですから。


   ひとそれぞれ  どう生きるかは  自分次第です。


    雑音に 迷わされず  流されず  自分を見失わず。



           大事な事ですが  なかなかね~・・・・・。 


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松坂 の姿に 勇気をもらいました。

   立ち向かう姿に 男の心を  強く感じました。


        大事な事に 気が付かせてもらえる


     それって  ありがたいことではないでしょうか?



  肝心なことは  自分が 何に 目を向けるかで 可能性は変わります。


         

   新しい命が 芽生える 春     皆頑張りましょう。




P1090471 大気圏へ

   
 『 人間は  死ぬまで 生きるのです。  』




  ベルギーで仕事をしていた時

 1989年  1990年   2年連続で ブラッセルマラソン 42.195に出場

  ( 日本人の 出場完走者は 私だけでした。 )





         28年前の・・・・  あの時を思い出しました。


 人間だれしも  人知れぬ 思いを胸に  生きています。


  『  自分の人生を  走り 続けましょう。  』


  今年もよろしくお願いします。



   (  冬になると 欧州 ヨーロッパで暮らしていたいたころを 思い出します。

      あわただしい時間の流れを 忘れ、 暖炉の火を 眺めながら

          あすぺる樹でのんびり。)


 昨年は 6月に フィンランドから 知人家族が訪問してくれました。

9月には エジプトの友人が 3年ぶりに やってきました。

   私が一つ言えることは  「 人類も 神様も 皆兄妹です。 」


1991年に 帰国し・・・・。  はや 27年か・・・。

  日本では  日本の社会の価値観がありますゆえ

      また  日本人としての 自覚  義務もあります。



 でも  欧州での暮らしの中で 学んだことが 忘れられない・・・。

          今では 自分の一部  ・・・・


   人知れない  思い出であります。


 欧州滞在で 学んだ   最大の教訓は


  トルコの遊牧民たちとの 出会いや


     ベルギー人の 素朴を愛する 田舎の人々



   様々な立場で  胸を張って 生きている 多民族国家の ベルギー


     アジアの異国から やってきた 当時 20歳の 私を


                受け入れてくれた 欧州の社会  人びと・・・。


「  贅沢をすることばかりが幸せではない。 小さな幸せを大きく感じること

        それが本当の幸せ である。 」


 トルコの アナトリアの 草原で  大家族と一緒に食べた お母さんが焼いてくれた

    あの  焦げたパンの 優しい味・・・・。


  フラマン人家族の家庭に 招かれて  酔いつぶれるまで 語った


        民族の交流・・・・・・。




    それぞれの立場を 生きる大切さを  教えてもらいました。


   
           人びとにも  神様  仏様にも  感謝の人生です。




   




          

 

 <   ここで 2013年ブログ を 紹介。>


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ホイットニー ヒューストンの 曲の中で

  「  ステップ バイ ステップ 」 という曲があり たまに仕事を始める時に

 聞いております。



    ステップ バイ ステップ ~♫

           デイ  バイ  デイ ~ 🎵


 人生は 日々  日々  日々の 積み重ねです。


  「   人生は 自分が向いた方向に 進んで行く。  」


      自分を 見失わなければ  大丈夫です。



    「 日々に感謝  」    シンプル イズ ベスト を胸に。




 2013年のブログ  記事から。




がんばれっ!  日本の若き 人々!


               ( 2014年 秋の  ブログ記事より )



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人生 には  人それぞれいろいろなことがあります。。

   10代のころ  20代のころ    30代  40代 50代

    考え方も変われば  目で見たものの  心に映る  感じ方も変わるもの


   立場や  環境  年齢を重ねる自分と   変わりゆく 現代社会・・・・・。


       時には 時間を忘れ   星空を見上げ・・・・・。


  何億年も 変わることのない 時間の流れを  自分の心の中に

         感じることも   大事なことだと思います。



       おのずと   “ 自分は なんなのか ”  が 見えて来るでしょう。


人生は 日々  日々  日々の  積み重ね



      ステップ  バイ  ステップ   です。


継続は力なり    持久力です。  




ただ今 アルバイト募集中です。

    土曜日  日曜日  夕方から 働ける方。

                       お待ちしています。

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1989年 ギリシャ  デロス島にて。

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カッパドキアでの 出会い  ( アナトリア )

1944年 6月6日  ノルマンディー上陸作戦 ( D- DAY ) から  70年でした。

           月日の流れは  早いものですね。

                    ・・・・・・・・・・。

    

  ベルギー人の友人 とは 25年の付き合いになる。


  知り合ったのは 1988年 。 月日の流れは速いものである。


 ( 友人 ミッシェルは 2004,2007、 2010年と あすぺる樹に

      毎回 数週間 滞在しています。 )


昨年、 友人 ミッシェルの 母が 90歳で亡くなり 追悼のため


  我が家は  3人で ベルギーを 訪ねた。

   (  2013年  7月   )

 
   わたしも 2006年以来  7年ぶり 。 家族3人での 訪問は


                  今回が初めてとなった。




  実は  今回の 航空券、  破格の 値段であった。



   1月に たまたま見つけ  1か月前までなら キャンセルできるからと


          とりあえず  予約をした。



  「  まあ こんな金額では 普通手に入らない。 行くか行かないかは 

     間際に考えよう 。 」


     そんな 安易な 考えで、 行くか行かないかすら


              本気で考えてはいなかった。



      夏休みの 7月末の チケットは 通常は 一番高い時である。



      友人には 4月ごろに 連絡をした。


  「 もしかしたら 家族で 夏に そちらに 行くかもしれない。 」



   「  ヨシアキ・・・・・。 いいところに 連絡をくれた・・・。」




    虫の知らせであったのか・・・・。



  「  実は 母が今危ない 状態だ。  ここ数日 もつかわからない・・・。」





  彼の お母さんは 90歳。  私も ずいぶんと お世話になった御恩があった。


    

     私が連絡をしたとき まさに  その時であったようだった・・・。




      なんとなく・・・。



実は 今回のベルギー訪問は  今思えば・・・・。

          “ お母さんに 呼んでもらった ”   ような気がします。


                 (  おかあさん   ありがとう。  )


     「 家族で ベルギーに 来なさい 。 娘さんも もう

                      飛行機に乗れるはずよ。 

                    家族で ベルギーに 。 」



                 と。







   お母さんは まもなく 天国へ 旅立たれた。


          元気だった姿が懐かしい 。




               ・・・・・・。





      夏休みに入り  いよいよ その日を迎えた。


成田発  エディハド航空。

    なんと 神のご加護であろう


  誰よりも 安い金額の 航空券の 家族3人だったのに

    航空会社の座席 調整に 協力し   気が付けば

        我が家は  ビジネスクラスに 乗ることになった。


 ( こうである。  我々の 搭乗する飛行機は 当初 成田発 21時 30分

    アラブ首長国連邦 ドバイの  アブダビ経由  ブラッセル行。

     ブラッセルには 現地時間で  13時 到着予定の飛行機であったのだが。

    チェックイン時に あらかじめ 我々を リストアップしていたようで、

  「  ご相談がありますので こちらへお越しいただけますか 」 と  別カウンターに

     連れてゆかれ

 「   21時 45分 出発の   カタール航空   ドーハ経由  ブラッセル行

     ブラッセル 到着 13時 30分 の 飛行機に 乗っていただけませんか?

   ご迷惑のかからないように すべて ケアします。    ただ

  ぎりぎりまで 調整が  どうなるか お待ちいただくことになるのですが。 」


                   と。


  「 ベルギーの空港に 友人が迎えに来る予定なので 変更を伝えておきましょう。

      電話を 貸していただけませんか。   我々は 問題ないですよ。

         喜んで その飛行機に  乗りましょう。 」


 ベルギー人の 友人にも  いずれかの飛行機になると 状況を伝えた。


    ただ  ぎりぎりまで 待たされた結果


 「 お客様  大変お待たせいたしました。 調整がようやく終わり

  申し訳ございません、最初の予定どうり  エデハド航空 ドバイ経由

   ブラッセル行に お乗りください。    ただし  座席の方が

    ビジネスクラスに なります。  」


               という内容であった。 )


   ( 待たされた時間は  航空会社から  成田空港内の

          飲食店で  使える  一人 2000円分の 食事券が

       支給となり   お寿司を  食べたでござる。

   娘は  回転寿司でない  お寿司屋さんは はじめてであった。)


             ラッキーであったのかは どうかは ただ 神のみぞ知る。



     私も生まれて初めてだったが・・・・・。

          飛行機初体験の娘は  生まれて初めて乗る飛行機が

               ビジネスクラスとは いいのか 悪いのか


  前日まで 忙しく働き その日も 早朝から 掃除をして出てきた

    我々夫婦は  フルコース そっちのけで

            180度 フルフラットで  速攻!  爆睡した。


          ( 成田発 21時   35分   )


 アブダビ経由で ベルギーに到着すると 飛行場では 彼ら夫婦が 出迎えてくれた。


    2010年 彼らが 冬の長野、 我が家に滞在し


     それから  3年ぶりの 再会となった。



          わたしは  運命とは



          自分の意志では 及ばない  不思議なものであると



             強く感じる。




              ・・・・・・。


 




ベルギーの友人 ( 65歳 ) の 家に 2日間滞在し  レンタカーを借りた。

 フランス国境近くの街  モンスに近い街に 彼ら夫婦は 住んでいる。


  のどかな 田園風景が広がる 小さいながらも のんびりとした 美しい街 である。


    わたしにとっては  世界中 これぐらいの 人口密度の空間が


           心地よく感じる。 


世界中で 共通し 感じることは 


   田舎にある  静かに流れる時間


      豊かな自然。


    自然から 時間をかけて生み出される  空気と  水。



そういう環境の中で 人々が太古の昔から時間をかけて 見つけ出してきた


       作り上げてきた  文化   食べ物。



    わたしは  国内でもそうだが  そういう文化に触れることが


 
         何よりの  幸せを感じる 。



日本から着いた初日、彼ら夫婦の家に向かう途中、ナポレオン ゆかりの地、


   ワーテルローの丘の真下にある カフェで 地元の ランビックを飲んだ。


    その国ならではのものは  やはり  その国の空気を感じながら・・・。



    その空気の中で  味わうと また 格別な 深みを感じるものである。


       


      真夏の 太陽の照らす ワーテルローの丘を 見上げた。


< 大正10年 皇太子だった昭和天皇は  この丘を登った。>


    ナポレオンの銅像に・・・。



     「 滞在を お見守りください。 」


             と  旅の ご加護を 祈った。



余談であるが・・・・・。


彼の家は  15世紀の 農家の納屋 である。


  といっても、 彼がその 「 廃墟であった建物 」 を購入したのは 45年前。

 ほとんど  タダ 同然の 物件であったそうだ。


45年前は 回りは 畑ばかりで  住む人も少ない 荒野であったそうだ。

彼はその家を ゆっくりと 自分の家として 修復を開始しながら 生活を始めた。



  だんだん 綺麗になってゆく喜び。  庭を造り  レンガを積み直し


   一つ一つを  思いを込めて つくりあげる喜びを 感じていたそうである。



   45年たった 今  まだ  彼の家は 未完成である。


     ようやく 母屋は ほぼ 完成したが  アンテーク修復家の 彼の作業場兼


    セカンドハウス は  未だに 未完成である。 



 だが 7年前と比べると


    見違えるほど  素晴らしい 建物に 変わっていた。

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(  2006年 スタッフと 訪問。 列車内では 強盗の ポーランド系 不良との

       死闘の 戦いがあったり  珍事の 毎日で、相変わらずの 神の試練でした。 )

 人助け
 
  ( こんな 見知らぬ現地老人を 手助けする 模範的な 日本人観光客でありました。 )

     「 今年は 冬が来る前に 大理石の 床を 完成させる予定だ 

         なかなか  人生と同じで 思うようには 進まないがな。

           あははっはhhっ!  」


   私は 彼が 40歳の時に 知り合った。 ご縁である。

  
    喧嘩もするが わたしにとっては 親友と呼べる 大事な 存在である。


     25年の 月日が流れ   私も 45になった。


 知り合ったときは 当時 40歳の彼を見て  ジジイだな と思ったが


     今の私は  すでに  あの時の彼の年齢を 越えている。




      中身は   子供  のままであるが・・・。


   ベルギーに帰ってくると  いつも あの時代に戻ってきたような気持ちになる。


      彼の住む 街は 静かに  ゆっくりとした 時間が流れている・・・。


静かに 流れる時間の中で  ゆっくりと焦らずに  作られてゆくもの・・・・。

   欧州の 田舎の人々の 生活を見ていると

  “   よいもの、 価値のあるものは 時間をかけてつくられる  ”

                      事を  体で感じることができる。

        
           文化も そして 人間の 心の在り方も。

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    彼の家の 現在。 ( 2006)


 
 46年かけて つくり続ける。



   まるで  人生そのものであるように思える。




           “  決して  急いで  つくることは  しない。 ”



                 しかし そこには  妥協もない。



   じっくりと 考え  。



          もちろん  お金をしっかり貯めて。




        そして  ゆっくりと  時間をかけて 作り上げてゆく。




   今年  そんな彼を  長年 見守ってきた 彼の たった一人の家族であった



          90歳の  彼の母親が  天国に旅立った。



                ・・・・・。

    7年前に わたしが 来たときは 温かく 迎えてくれた。


      その時は  2009年に なくなった 温和で紳士的な


              お父さんも 健在で


    近所の 爺さん仲間と  カフェで いつも 語っていた。


              ・・・・。


    父は  貫録と  威厳と  人を大事にする まるで


           ヨゼフ  の ような お父さんであった。


     おかあさんは   聖母マリア  のような 笑顔の素敵な お母さんであった。





    彼の名前は  聖 天使 にちなんで つけられた名前である。


 (  長野の我が家に 過去 3回 毎回 一か月ほど 滞在したことがあるが

     
        毎回  いろいろな事件が起きた。 神の仕業であろうか


        たぶん 面白半分の いたずら


      今思えば  わらえることばかりであるから。 )






  彼は   45年間  家を作り続けながら  生きている。


       仕事も  趣味も  人生の一部であるように


          家を 作ることもまた  楽しみの一つなのだ。


            そう・・・・。


                 人生は 一つではない。



    彼は  家と共に 人生を 楽しんでいるのである。



    「  よしっ!  次は こうしようっ!  」



 ( スペインの 大聖堂サクラダファミリア も着工してから 完成までは

      200年はかかるであろうと言われていた。 滞在記 スペインに 説明文あり。 )


  (  ドイツのケルン大聖堂は 完成までに 632年の歳月を 費やした・・・。)



   何事もなかったかのような 彼の姿ではあるが




         母親への  思いは  伝わってくるものがあった。





   「 それもまた  人生の一部だよ。  とても大事なね。  」






  わたしは 欧州人の  そういう 感性が  愛おしい。


    人生を  楽しむ 心がある。



  足早に 大きく変化する 世界所現状の中において


         本質的なものを  感じることができるのは ありがたい。



   欧州には  そういった  文化が  今も 人々の生活の中に


              生きている。



       安易な考えで  足早に変化する日本から来た私が



      いつも  幸せな時間を  感じる 場所でもある。




       そういう  空気を  自分でも  形にしたい。




      そう・・・。




           「  あすぺる樹 」 も  まだまだ



              未完成である。



          生き急ぐ・・・・。   つもりもない。







  そうそう・・・。


   話は変わり  彼の家から 3日目の朝  家族3人で パリに向かった。




  パリ訪問は 18年ぶりであった。



    やはり  日本同様  時代の流れを感じ  大都市ならではの


      増え続ける  人口  移民  民族宗教の 問題が 感じられた。




  混雑するルーブル美術館で こんなことがあった。



    ナポレオンの戴冠式 の 絵の前で  車いすの少女にあった。




   顔は青白く  痩せていた。  どんな難病に かかってしまったのであろう



     死期が 近いように思えた。



      母親が その少女を 車いすから 抱きかかえるように 立たせ



       2人で 絵の前にたった。



     父親が その2人の写真を 撮った。



   お母さんは うれしそうな 笑顔であったが  



      泣いているようにも  見えた。



      父親の姿からも   伝わってくるものを 強く 感じた。






   込みあう人ごみの中  ・・・。 


    多くの人が 絵画に目を向ける美術館で  その光景を 気にする人はいない。



   いつの間にか・・・。



  わたしは  その家族の姿から  眼を離すことができなくなっていた。




  ルーブル美術館にある  どんなに素晴らしい 作品よりも・・・・。



     その親子の姿に  こころを 奪われていた・・・。




   "  この家族にとって  最後の 家族の旅行になるのかもしれない‥‥ ”



     そう思ったとたん  その家族の思いが 伝わってきた。




   必死に 立とうとする娘  支える  母親。


      その姿を  残そうと カメラを構える 父親  ・・・・。 




          ・・・・・・。



    私は 家族の姿を見ているうちに



      なんともいえない  気持ちになっていた・・・。



     はっ  として。 



       気持ちを 強く持ち直し  迷わずに行動した。




   (   人生、 今まで 迷って 行動しなかった 後悔が どれほど多かったか。


            自分は  自分の人生を 良く知っている。 )




   (  だから  わたしは 迷うことは  もう  しないようにしている。)



    (  とくに  こういう場面では。   躊躇は 後に大きな後悔となる。)





  「  私が 家族3人を撮りましょう っ! さあ  カメラを 貸してください 」



   一瞬 海外旅行の場で 警戒心からか  その父親は


    初対面のいきなり声をかけてきた 日本人の私に


            半信半疑の 表情であったが



   (  私も 娘と  2人であったせいか )


   「  オー  センキュー  プリーズ  」  ( 頼みます )


      「  ユアー ウエルカム  」    ( 任せてください。 )
 



    親子 3人が  寄り添うように 絵の前に立った。



    カメラの  ファインダーの中には ・・・・。



   “  肩を寄せ合う  笑顔の家族 3人の姿があった。 ”



     私は  泣きそうになったが  こらえ続け・・・。



       「   もう5枚撮りますよ!  」



       そう言って  アングルを変え シャーッターを押しつづけていた。




  (    その姿は  仏教であれば  阿弥陀三尊 であり

         キリスト教であれば   マリア  ヨゼフ  キリスト  の

      聖家族  “ サクラダ ファミリア ”  のようであった。 

小さなことにこだわる  人間も多いが 人間は何かに見守られていなけばいきられない。

 神と呼ばれるものは  精神統一の手段に過ぎない。 読んで字のごとき

   精神は 自分の心のことなのだから。  地球が太陽にみまもられているように。 )





           ・・・・。



               
   
       今回  わたしが はるばる  ここに来た 意味、 役割を



                 感じた瞬間であった。




    鮭は なぜ 生まれた川に  迷うことなく 広い海から 戻ることができるのか・・・。


      冒険家は  何に 突き動かされ・・・。  危険の向こうにある


          見えないものを  目指すのか・・・。




       同じように  人生や  旅に  理由などいらない。



       それは  心が導かれ  行くものなのだから。





     「  なるほど・・・。  だから  俺は 生きてるんだな  」





この家族の  かけがえのない  瞬間を  映像として この世に 残せたことは


         わたしにとっても  うれしい  できごとであった。



    “ 偶然は  神様からの  使命である。 ”



         自分ができることを  すればいい・・・・・・・。




               それが  我、 人生である。


      

      今回・・・。


       自分が  何をしに来たか  気が付いた 気分であった・・・。




             またしてもか  ・・・・。



        次の 役割を  神様が   わたしに与えてくれるように 


           日々  日々 、  日々を  生きたいと思う。



     見えない日々の向こうに  あるものを  信じて・・・・・。



                 生きる。







   そして  また  誰かに 巡り合えるように・・・。



        


  “ サモトラケの  ニケ  ”  が  世界中から 美術館に訪れる人々を



    『 大きな翼を広げ 温かく 迎えるように  』



                            見守っていた。

P1130969 (768x1024)


  その姿は・・・。


    まるで  恐れることなく 飛び立とうとする・・・・。



      人類 一人 一人の   姿のように思える。



     

   世界には  その土地、土地に  長年  その地域の人々の


             暮らしを見守り




      人々が心の  よりどころにしてきた 神様がいる。




              ・・・・。



太陽系の天体たちが  46億年  太陽に 見守られてきたように・・・・。


   我々人類の歴史も  1万年ぐらいで どうこうという

         そんな  浅いものではない・・・・・。




 地球生命の  遺伝子の中には   皆  不思議な力が


                   宿っている。



 太陽は 今日も   そんな 生き物たちや 神様たち を 見守ってくれている。

   



  わたしは  どんな国に行っても  日本人として 礼儀をもって 行動することを



              忘れないようにしている。


     日本人としての  誇りでもあり   プライドでもある。



       



 
               そのおかげで




             いろいろな人々と



              今まで  出会う機会を



        多くの神様に 与えられたような 気がする。






         このブログを 見てくださった  方々にも




          「  神のご加護がありますように。  」



 (  人類 一人一人が持つ 遺伝子  DNA 。

     地球生命46億年の命の連鎖  こそが   『 神  』

       何じゃないかな~と つい最近気が付きました。

   大事なものは どこか遠くや 空の向こうではなく・・・・・。

           自分の心の中にあるものであると。   

    自分の心が かすんだり、曇ったり  腐ったりしないように

だからみんな  神社やお寺、教会やモスクで  気持ちを確認するんでしょうね。 )



              人生は   勇気と 共に。



                                  完。

              


 


                             店主  合掌 。



        皆様が  心豊かな  時間を過ごせますように。





心 静かに   生きましょう。
          


『 世界は一家  人類皆兄妹。  』


                                 ブログは これにて 終了。

                                          完


  心に 同じ周波数を持つ方は


     カテゴリー  「 夢 」   に 進んでみてください。


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少しずつ  一歩を 大切に
2018-09-25 Tue 23:25
 2000年  9月 19日の あすぺる樹 開業から

 おかげさまで 18年の月日を経て  19年目に 突入いたしました!

  人々とのご縁、  日々ご来店くださるお客様、  46億年 地球を照らしてきた太陽、


 その 太陽の下で  46億年 受け継がれてきた 命・・・・。


   地球の歴史    世界の歴史      日本の歴史 


    すべてに感謝し これからも 少しずつ・・・・。


      一歩   一歩   その一歩を  大切に


          生きてゆければと思います。


  2018年  9月  25日   夜、

      定休日ですが  店の  電気を お気に入りの照明にし


      このブログを書いています。



 ( 18年前の 開店当時、  ベルギー在住時代、 街の明かりや 店の明かり

   そんな 明かりを 思い出に 間接照明にこだわり 夜の店内は

   薄明るい 状態で 開業しましたが・・・・。  これが  不評・・・。


     不評の理由が  最近私は身をもって 実感し  ガッテンしています。


  それは  老眼の人には 暗くて メニューや 文字が 見えない事!

  
  開店当初は 良くお客様に

   
    「 もう少し 店内の明かりを 明るくしてっ!  文字が見えない!」


    わたしも  50になり 老眼が進み まさに その意味が 理解できます!。 )



   今日は 営業じゃないですから 店内貸し切り! 独り占め!


      照明も  欧州の 大聖堂の 空間のように  神秘に満ちています。


   そしてやはり  お気に入りの  音楽。


   大聖堂にこだましながら  流れる  パイプオルガンの音色のごとく


   j s  バッハの オルガン名曲集を 流しながら


        一本 数百円の イタリアワインを 日本の安チーズをさかなに


             一人  満喫しています。



   赤玉  や  国産ワインなんて 高級すぎて..........。


   実は先ほど 今日が誕生日の ベルギー人の 友人 ミッシェルに電話

    PDR_0043.jpg

                   ( ベルギー在住 70歳  30年来の友人です。 )


   久しぶりに 異国言葉   フランス語を 使いました。  


   友人ミッシェルと 知り合ったのは 1988年


    私が欧州に就職し まもなくのことでした。


      初めて 欧州人の家庭に招かれ 家庭料理を ふるまってくれた友人。


   それ以来の ご縁です。


   私は  2003   2006、  2013年  ベルギーに 友人を訪ね

       滞在。



   友人夫婦は  2004、   2007、  2010年と


      あすぺる樹の我が家に  滞在。



    今は  ベルギーの友人とつながりのあるのは ミッシェルだけです。



    そのミッシェルとの  ご縁が もし  つながっていなければ


       あすぺる樹も  今の形では 存在していませんし、

    
            店自体も 続いてはいなかったでしょう。



  そして  もう一人の  恩師は   大月酒店さん。  (  大阪  )


   この方が居なかったら  店に ベルギービールは 無かった。





      なんでもそうですよね



  もし  宇宙に  太陽が無かったらとか、


   もし  地球が   土星ぐらいの 位置にある 惑星であったなら


      地球上に 命すら  存在しない・・・・。


     皆  奇跡の  瞬間に 今を生きているのは


             皆  なんら  変わりませんよね。




    だから   少しずつ


                 一歩ずつ



              時間を 噛みしめて  味わって


            生きなければいけないな~  と思います。



  いろいろなことに  つき合わされ  ざるを  えないのが



     現代社会ですが


         人生は  一度きりですから  自分で大事に したいものです。




   これから   トッカータとフーガ  ニ短調  が はじまりますので


                  これにて失礼いたします。


             今夜は  ベルギー  欧州の空気を 感じながら。


    日常から離れ  しばし 自分の時間を作りたいと思います。 
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 (  よく  孤独が よくない なんて ことを 言う人がいますが


   そりゃ~  年がら年中  孤独は  問題ありなんでしょうが



  自分と向き合うことができる  唯一の時間は  孤独だと思います。


     いろいろなものに  つき合わされる時代であるからこそ!


   たまには  とことん!  自分と向き合ってあげる時間が 何よりも


    何よりも大事だと  私は思いますよ。


          人それぞれだから  別に  いいか・・・。



  (    静まり返った 店内に   こだまする  パイプオルガンの音色・・・・。

          たまらない  至福の時間です!  生きててよかった!  )

    

   余談ですが


    今年も  あすぺる樹  富士山登山部


          行ってきました!    今回 5回目!



    富士山登山も  自分の足で  一歩  また  一歩



    その繰り返しの   延長に  たどり着ける 境地があります。


    そういう  周波数の人間が集まる  部員が  登山部  部員であります。



 どっかのマネーゲーマーの  成金社長が   お金さえ払えば

    宇宙旅行に行けるんだ!  というのとは  ちょっと  周波数が違う世界。



       そういう人とは   無理ですね。    一生


 ( そういう人たちによって  日本の経済は 成り立ってるですね。 失礼!  )


  <   お前は  阿部首相かっ!  あんな人達に 支えられている 彼も

       真相は  当ブログ カテゴリー 「 それがヘンだよ日本人 」  にて。 )
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見ざる  言わざる  聞かざる
2018-09-25 Tue 11:29
  「 見ざる  聞かざる  言わざる  」   「  温故知新。 」  など

 昔の方は  さまざまな ことわざを 残しています。

究極の 言葉ではないでしょうか。


     人口が増えすぎ  あっち立てれば  こっちがたたない。

   自分の主張はするが  他人の立場は 理解しようともしない。




   国内も  国外も   人間社会に 生きる中で 様々な問題が


        起こる世の中です。



   雑音も 多い世の中。


    やはり 


   『  何事もほどほどが一番です。 』


             (    店主  30年来 の座右の銘    )


  様々な国や地域を 見てきましたが  太古の昔から 変わらないのが

   権力や 欲望 による  人間の 心の 崩壊、  常識の  崩壊です。


              困ったものですね。 


 (  変な ニュース  変な  人間が あまりにも多い。  )


         わたしは    「  耳無し  法一 」



                                 無の境地です。


                 無くていいものは  無くていい 主義です。


          何事も   ほどほどが  一番ですよ。





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