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あすぺる樹の付゛録 あすぺる樹の不思議な世界へようこそ!!
人生それぞれの道
2017-05-18 Thu 09:05
どの道を 自分で見つけ出し 進んでゆくかは それぞれです。


 2017年 6月2日 私の住む長野県 北部の 地域の新聞

 「 北信ローカル 」 の記事に 元北信病院救急医 

 中島郁子 さんの記事がありました。

  ( 中島さんが 数年前、 日本での研修医を終え、 世界中を旅した体験談は

    “ 医者のたまご 世界を転がる ” 著  中島郁子 

    本になり  52か国を訪問した 滞在記を 紹介しています。 )



 6月 2日の 北信ローカルの記事の中には・・・・。

  3年間の旅を終え  日本に帰国し  社会復帰するまでの 葛藤の日々や

  日本に帰国するまでの 様々な不安に感じたことが 書かれていました。


         ・・・・・。


 私も  1988~ 1991年の 欧州、ベルギーでの就労を終え 日本に帰国した時の、

 まさにあの時と同じ 思いが 脳裏によみがえりました。


         ・・・・。


  中島さんの記事にも


  「 旅を終える方が 始めるよりも何倍も難しい・・・・。

         旅をどう終え ・・・  その先に  どう生かすか?  」


  そんな言葉が書かれていました。


 わたしも 49になりますが・・・。


   今まで いろいろな方を 見てきましたが・・・・。


          ・・・・・。


 帰国後 自分の体験を整理し、 また気持ちを切り替え 日本の社会の中で

 自分の役割を見い出して しっかりと 日本の社会の中で認められ生きてゆく。

 前向きに 人生の起こりうるすべてを 見事に肥しに変えて

   前進してゆく。



  そういう 人たちばかりではないことも 知っているつもりです。


 (  思い出にしがみつき、 日本も含め 各国 各国に暮らす人々の

   価値観や  考え方 生き方は  違って当然であることを

   理解  整理できず いつまでも けじめがつけられない 人たちも多い。 )



  中島さんとは 中島さんが北信病院勤務時代から 店に来ていただいていましたが


  よく話  仲良くなったのは 昨年年末ぐらいから。


  中島さんご夫婦が 出産を控え  うちのかみさんが

  「 おなか大きくなり もうすぐですね。 」  と 声をかけてから

  いろいろと 話を聞かせてもらえるようになりました。



           ・・・・。


 しばらくは、   よく   「 海外から帰ってきました! 」  という人に

    ありがちな  空気、 バリアを 感じていましたが


     日本での仕事も 、 自分の居場所も ようやく 得たことで


  心の こわばりも  ほぐれたのではないかと


  勝手に私は  推測していました。


 ( 私なんか 帰国し  10年以上  人には

   “  海外で 3年働いていたことがある。 ”  なんて事を

         一切 人には話さなかったですからね。  )


 (  当時、日本においては 料理の世界なんか 所詮水商売でしたので

   帰国後の 日本の組織社会のしきたりというか  欧州の空気から

 日本の業界社会の空気に入り 異様さを感じた事を 思い出します。

 日本の決まり事社会というか 縄張り意識というか ・・・。 また

 バブル崩壊後でもあり 私が務めていた セゾン系の会員レストラン

 “ ウラク ” なんかは 従業員を 使い捨ての道具のように解雇する、

 ( ウラクの仲間はいい仲間に恵まれたが、 1997年 閉鎖 閉店した。 

   西武の お坊ちゃんの 道楽経営だった バブルを象徴する店舗だった。 )


そんな 経営者のマネーゲームに付き合わされるだけの 世界でしかなかったように

  当時 20代前半の 日本の社会に免疫力のない私は 面喰ったものであった。

 運よく 福利厚生の整った 外食企業に再就職できたものの・・・・・。

  給料、社会保障は かなりしっかりした 環境であったが

 アルバイトや パートを管理し、 配送センターから出来合いの食材が送られ

 人口 1400万人の東京で システム化された 仕組みのロボットのような

  無表情の仕事内容に 埋没していた。  結婚し  安定に目がくらみ

 

 “ 日本で生きるって こういう事なんだっ! ” と  心の中で一生懸命 

 自分を説得し、 過去の経験ををすべて放棄し 生きることを決意したものの

 当時 母から  ( 2000年に 若くして他界した母であった )


   “  おまえは  死んだ魚のような眼をしている  幽霊の様だ ”  と指摘され

  はっと 我に返り


    “  まったくだよな~。 ”  と 苦笑した。


 東京で そんな 生活に埋没しているときに ベルギーから 友人の

 手紙が届き   死んでいた 自分を蘇生しなければと

   決意したものでした。  

 ( 今でも 20歳年上の友人ミシェルは 2004,2007、2010と

  あすぺる樹に やってきては長期滞在する親友だが。 )

ベルギー帰国後間際に亡くなった、  ベルギーから度々 手紙をやり取りしていた

 出雲出身の 祖母への 思いも 思うところがあった。



 帰国後は しばらく 

  「 ベルギーなんかに行ったばっかりに へんな 価値観が身についてしまった。」

  と 欧州滞在経験が 日本社会では 重い足かせにしか 感じなかった。

 さながら 

  「  おれは 十字架を背負ったイエスだっ!  」

  なんて  言いながら  しょうがね~な~と


  ずるずると  十字架を 引きずり歩いていたように思う。


  今は 無の境地に たどりついていますがねっ!



でも



今思えば・・・・・・。


       ・・・・・。 今もいろいろな思いがありますが。


それも全部 ひっくるめて 背負って生きるのが 自分の人生ですね。 )




でも 良くも悪くも 

 『 日本を離れてみて暮らし、 はじめて世界を知る機会を得る 』 

  というものは

    誰にでも得られるものではない。


 今となっては わたしも  短い期間であったにせよ そういう機会を 

  『 人生の中で 得られた 』   という事は 本当に恵まれていたんだなと思う。


 そういう機会を 得られない人の方が 圧倒的に多いのだから。


  ただ 世界を知るという事は メルヘンチックな事ばかりではない。


  戦争の歴史や 民族宗教の 長年の歴史ゆえの わだかまり・・・・。


    癒えることのない 民族の思いもある事を知るのは


     しんどい場合もある。



例えば 紀元前から 戦争や虐殺の歴史は いつの時代も人類について回るのであるが・・・。


 欧州諸国が アフリカに資源確保を求め その利害、権利争いで


  第1次世界大戦  第2次世界大戦 が 世界を 民族を分断させた



 イギリスも  フランスも  ドイツも ・・・・。


 欧州諸国は アフリカにおける自国の権利、支配構築のために


 自然の中で のどかに暮らしてきた 原住民を 何百万人という罪のない

 人びとを 一方的な主張で 大虐殺してきた歴史がある。

 その領土の奪い合いが 過去の世界大戦であるわけで。


( 今では 誰でもそういう歴史を 簡単に インターネットでも検索し

        知ることができる時代であるが。 )


 世界大戦に限らず ・・・。


 例えば 南米アルゼンチンのパタゴニア南部などは

  19世紀後半 この地がヒツジの飼育に適していることがわかると

  ヨーロッパ人が押し寄せ  代々 そこで素朴に平和に暮らしてきた

    先住民を  自分本位な考えだけで 大虐殺し皆殺しにしてしまった。


 仏教発祥とされる地  インドでは 今なぜ  仏教が存在しないのか・・・。


                ・・・・・。


  いや  残ることができなかったのか・・・・。

    
    そんな事実も 今は誰でも知ることのできる


    やはり  人類がたどってきて 今に至る 歴史がある。


同じように日本の戦争の歴史も  知れば 気持ちが重くなる 事実も多い。


        ・・・・・。


 真実  歴史を 知ることは・・・・・。

      時に 覚悟を持つことでもある。



 それを知ることで  ようやく初めて 世界の現状が 見えてくるのである。


 
日々  単一民族 単一文化の日本で暮らしていると

   けっして 見えてこない 世界がある事を知るのも 


   海外の暮らしの中  ならではの  視界・・・。





 それを中島さんも  見てきたんだな~・・・・。




  先月 中島さんは  旦那さんの転勤に伴い


    5か月のお子さんを連れ  新天地に 向かいました!




 今でも 海外で暮らす 知人も多い 私ですが


       みな  それぞれです。

   私もそうですが、  皆 ほんと  それぞれ。



  自分の役割を見つけ しっかりと それぞれなりに 生きています。


   それが私の  励みでもあり  支えでもあります。


  「  自分も シッカリしなければいけないなっ! 」  ってね。




  海外に行こうが  日本から出たことがないとか


    まったく  関係ありません。


   それぞれ  自分次第という事です。


      甘えは 禁物ですからね。


    どんな人生であっても。


(   わたしに言わせれば  “ 国内 ” だとか “ 海外 ”  だとか・・・。

   そうやって 区別、 垣根を作って 考える方がおかしい。

 よく チベットやら ネパール インドを ほっつき歩いてきたぐらいで

  なんだか 悟りというか  わかったふりをしてしまう 勘違い人間も多いけど


 わかりやすく言えば インドや ヒンドゥークシュ地方に暮らす現地人は

    皆が べつに  お釈迦様なわけじゃないんですよ。


 伊勢神社、出雲大社、  ピラミットや 有名寺院の近所で暮らす

  それぞれの人々にも  それぞれの 過酷な日々を

   世の中のしがらみに 折り合いをつけ生きることには


      何ら変わらないんです。


 日本全国には 何千もの お寺  神社があり


  そこを 代々守ってきた  方々がおります。



  とっくに 悟りを開かれている 住職にも


    他の 日本国民同様に 世の中に折り合いをつけねばならない


       日常があるわけですよ。


 法事や  葬式、 合格祈願  厄除け祈願


   車の交通安全祈祷


   初詣や  日々の おつとめに 至るまで


    「 社会の一員としての 役割を果たす 」  という


       現実社会に 生きているのは何ら変わらない事。


  納めてくれた お布施や 賽銭で 生活費が 得られるんですよ。


 日本の社会で生きるのには みんな いろいろなものを背負ってるんですよ。


 住職だって  月々の子供のスマホ代金やら

     妻のエステ代、  マダムランチ代・・・・・・・。


 自分の 交際費・・・・・。

   本山への フランチャイズ代金やら・・・・。


 (   善光寺の宿坊の ガレージに 高級車が並んでるのも

         日々の 「 自分にご褒美 」  なのは

    人間社会で生きる以上は みな平等の権利なんですよ。  

  皆何かを犠牲にして  何かを得ながら 生きるのは

       宿命なんですよ。 誰しも 例外なく。  )





 ちょっと 現実逃避して  心が解放されたくらいの気持ちが


   「 悟り。 」  ではないんです。



  その程度であれば  日本に帰国し、  家に帰って


   日本の日常に 逆戻りすれば   『 幻 』  になってしまうもの。



  そういう 小さいことではないんです。




  天の川銀河に 3000億ある たった一つにすぎない


  銀河系宇宙



  その端っこに 存在する 数多い  恒星、


  そのたった一つにすぎない  太陽系の惑星の


    同じ地球という   「 井の中の蛙  」  にすぎないことを。


   そんな宇宙を感じて生きていれば


   「 自分が何なのか? 」


    なんて 疑問の答えなんか  すぐにひらめきますよ。



  200万年前から人類は いつの時代も 


   狩りをして  子孫を残し 生きてきたのです。


 ハンテング もせずに、  オスも 誘わずに・・・・。


 いやっ! 失礼っ!



   オスも メスに アピールせず

   メスも オスに アピールもせず



   畑も耕さず   収穫もせず


 いつの時代においても 目の前の現実に 向かい合わずに

    楽をして生きてきた 人間なんていませんよ。



  教祖になって  心の病んだ信者から金を巻き上げて

    
     妄想や  説教をして  るのなんか



  ねずみ講の  親分にすぎませんよ。


     
(  調理作業中は 一切おしゃべり相手はできませんので 御用の方は

     必ず アポイントを取って 来てください。  

   仕事をしていますから。  お願いいたします。  知人親戚にも

   無視しているわけでも  ありません。 ) 


 

 
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