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あすぺる樹の付゛録 あすぺる樹の不思議な世界へようこそ!!
オードリーヘップバーン。
2017-01-20 Fri 08:22
今日は  オードリーヘップバーンさんの 命日です。






 2011年   1月 20日  ブログ記事より




1929年 5月4日。    ベルギーのブラッセル で生まれる。

  第2次世界大戦中に 母の故郷 戦争中立国オランダに避難。

 しかし ドイツ軍によるオランダ侵略の祭、 母の義理の兄、 オードリーの

            伯父は 見せしめのために 銃殺されてしまう。

 オードリー自身も囚われの身に なってしまう。

  多くの若い女性が ドイツ軍の基地や 軍司令部に連れてゆかれ

  働かされる身となってしまった時代である。

     しかし オードリーは 一瞬の隙をついて 一人 逃走する。

                      ・・・・・。
 
 第2次世界大戦の混乱を 生き抜いた 当時16歳の少女であったが 1947年ごろ

彼女は偶然に アンネ フランクの残した 日記を読んで 深い悲しみに暮れてしまう。


 アンネは オードリーと同じ年に アムステルダムに生まれ、

       彼女は  ユダヤ人であったことで 殺されてしまったのであった。


なぜ 彼女は 殺され、  自分は生き残ったのか・・・。

 
  ( 日本もまた戦時中は 多くの過ちを 犯してきた国である。  )


     のちに オードリーは 1954年 

『 ローマの休日 』  の主演作品で アカデミー賞 主演女優賞を受賞。



       1988年  58歳になった オードリーは

          ユニセフの 親善大使の仕事を 受諾。


    アフリカなどの 飢餓に苦しむ子供達の姿に 自分自身の戦争体験を

       思い起こし 30カ国の国に 足を運び 活動をした。


  1992年  オードリー自身も結腸ガンという 病魔に冒されていたにもかかわらず

                        最悪といわれた ソマリアを 訪問。




      彼女の 笑顔、 愛によって どれだけの  子供達が

               希望を与えられた事でしょうか。





オードリーヘップバーン主演の映画


         『 尼僧物語 』

  
   この映画に 出演した事が 彼女の気持ちを 大きく変えたといわれている。


“ ローマの休日 ” 以降 世間の注目が集まり それまでの生活が 一変してしまった事で

   女優としての成功とは 裏腹に  彼女は肉体的にも精神的にも 疲れ果てていたと

   語っている。  映画のストーリーは  俗世間から離れ 周りの反対を おしきり

 尼僧として 生きる事を 決意し 人生の答えを見つけ出そうと 

                       もがく 主人公を 演じている。



   戦争による 人々の 苦しみや  時代を生きる人の 心を 感じる映画である。


  (  現代の cg や 現実離れした  快楽的欲求不満解消のための

     バーチャル映像に 寄りかかった 現代映画には ない 人の心に

          訴えかける ストーリーでもある。)



  映画の中で  ベルギー領 コンゴで 貧困に苦しむ人々を 支える 主人公の姿は

    のちの  オ-ドリーヘップバーンの 姿そのものであるように わたしは感じた。



   人は 皆、 悩みながら もがきながら 生きる姿は ・・・。


               現代人にも 共通する所ではないであろうか。



   “ それは 一生続く 誰もが持つ 心の病 である ”



     映画の中で  神父さんが語る 言葉は  非常に 説得力のあるものであり

              非常に重たい意味のある言葉であった。




   1992年  

     オードリーは 死を覚悟しながら ソマリアでの活動 を 精力的に行なった。



   翌年  1993年  1月 20日  オードリー ヘップバーン 永眠。


               ・・・・・・。




     自分の生きる意味を理解し  多くの人々のために 生涯をささげた人生。



           自分が すべき事、 できる事。



               それが実行できるという事は


                  容易なことではありません。



 (   女優として 名声を手に入れたにもかかわらず・・・。

      危険をかえりみず、 自らの命  生涯を ささげた生き方 の影には

       彼女には  いったい    どんな思いがあったのか・・・。 )


    
         大きな 心を持つ  尊敬する  人物であります。
            


                   ・・・・・。


           



   わたしは ベルギー滞在中   1988年  東西分裂状態の 東ベルリン や


         強制収容所跡 、 また オランダの アンネフランクが 隠れ住んでいた

           
           アムステルダムの 運河脇の 家や  ( 現在は 記念館 )、


           湾岸戦争下の 諸外国を 訪問した時の


           何ともいえない衝撃は 今も 心に 強く 残っています。


            自分の生きる意味を 考えさせられる  思い出です。



              無名の 人間ができる事など わずかですが・・・。



  オードリー ヘップバーン 。


       わたしの母も 2000年に腸ガンで 亡くなったのですが 


           彼女と同じ  1月 20日  が 命日。



        わたしもまた 


   『 生きる意味を 見失わず 生きなければならない 』


                        と   感じます。



          



            人生は 一度きりですからね。



( 日々に流され 社会に埋没している自分ではありますが 毎年 1月20日、

        この日に なると ヨーロッパでの おおくの思い出が

                            脳裏に 甦ります。   

                             来年こそは・・・・。     )






 (   昨年 中国で 60年以上 医療活動を つづけてこられた 日本人医師の 方が

                     90歳代で 亡くなられました。
 
     日本も 過去 中国や朝鮮で 戦争をし 多くの方の 命を 奪ってしまいました。

    “ 自分達の犯した過ちに  少しでも 罪滅ぼしをしなければならない ” 

      と 戦後 現地に残り  長年 日本人である事への 苦労もかえりみず 
   
         医療活動をされた 方もまた  使命を果たされたのだと思います。 )


                  トルコ滞在記  15 に戦時中の 日本の話があります。




      多くの人々の心に 永遠に生き続ける 偉大な 人達 。


             



             ご冥福を お祈りいたします。
           



       ( 1月19日 記事  「  THIS  is  IT 」 更新しました。 )
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