あすぺる樹の付゛録 あすぺる樹の不思議な世界へようこそ!!
木曽路
2017-03-10 Fri 08:56
2017年 3月 。


 今年も早いですね。   つい先日までの大雪が 幻の様です。

  心を 落ち着かせ  生きなくてはいけないな~と思います。


(   震災  天災は 準備の出来ていないときに 突然来るものです。

    東関東大震災から 早いもので 6年・・・・。  次に 備えて

             身を守りましょう。  結構・・・・ 近いですよ。  )


 今日は  10年前の記事を  トップに 持ってきました。




2007 3月27日

定休日を利用して、生まれて初めて 長野の木曽路 を 旅してきました。

 木曽は 母方の祖父の ふるさとでもあります。

     (   母方の 祖父は  木曽の 志水家 。 )

明治生まれの 祖父は 木曽で生まれ育ち、国の仕事にたずさわり、

          若い頃から 宮城県 に移り住み・・・・。


    太平洋戦争 からも 何とか生きて帰り ・・・・・・。


    そして     約 45年ほど前に 宮城県で この世を去りました。


              ・・・・・。

  つい最近まで 私は 祖父のことは あまりよく 知りませんでした。

        45年以上前に 亡くなったことしか・・・・。


(最近 なぜか自分の祖先が “どう生きてきたか” について 興味が湧くようになりました。)


   祖父は 死ぬ間際も・・・・・。

              「 もう一度・・・・  木曽に帰りたい・・・・。」 


            「  長野に  帰りたい・・・・。  」


                     と言っていたそうです。 



(  今ほど 便利ではなかった時代・・・。 簡単に 移動できる交通手段が

    無い時代でしたからね。  おばあちゃんは 島根の 松江。

       親が 亡くなった時も やはり 行けなかったそうです。 )



( おじいちゃんの 子供たち  私の母も含め 兄弟 10人。

   宮城で 親戚知人もいない場所で  出雲出身の おばあちゃんと

  よくぞ  命を 残してくれたものです。


   母の兄弟は 皆 優秀な教員、 県庁職員など  優秀。

  昭和 60年ごろ 定年退職した 母の お兄さんが  亡き父の思いを

    胸に  木曽の 実家を  探したそうです。


    かろうじて  一人の 〇〇家の 親戚と 交流の機会を

    得たものの  当然 おじいちゃんの お父さんや 兄弟は 亡くなっていたため

   昔の事情を 理解できる人もなく  また  突然やってきた


    見知らぬ  親戚を   " 遺産や 土地の権利を 主張されかねない ”


            と 一部からは 拒まれることもあったそうです。



    宮城の お墓の中の おじいちゃんも


     " まあまあ  俺が悪いんだ  子供たちにも いやな思いを

       させて すまない・・・・。 もう いいんだよ


      残された人間が  皆で 生きておくれ  。  ”



      と  言っていたのかもしれませんね・・・・。



         まあ  ・・・。



       大丈夫。



              ただ



    もう一度・・・。




    生まれ故郷の  木曽の 風景を 見たかったのだろうな~。



               ・・・・。



         


しかし、その思いは かなえられることなく・・・・・。


            祖父は今も 宮城の お墓に眠っております。


                  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

  ( 戦争や 国の事情で 人生を 過ごし・・・・。 ほんとは 生まれ故郷の 長野で

      暮らしたかったんでしょう 。 今わたしは  畑仕事をするたびに

    亡き  祖父の思いを 感じます。

  わたしは 東京で生まれ育ち  今、偶然ここにいるような気がしますが ・・・。


                     じつは・・・。


 “ 長野に帰りたい ” という 爺さんの 執念が・・・・。


    そうさせた のかもしれません。


       俺の血は   きっと  じいちゃんの 血なんだな 。


             DNA とは  そういうものかもしれませんね。  )


  <  おまえは  生まれた川に 本能で戻る 鮭 かっ! >



祖父の  「木曽に帰りたい」 という おもいを胸に・・・。

   祖父の分身でもある この わたしが、代わりに、木曽に行ってまいりました!。


    木曽路を たどる事で その 風景の中に 祖父の姿 求めました。


          とてもいいところでした。 奈良井宿 など 昔の面影を残すところも

多く、はじめて 訪れる地 ではありましたが、なぜか懐かしさを強く感じるおもいも ありました。

途中、木曽の山並みを見ながら 車を走らせていると、山の斜面の崖の 岩肌から 小さい滝が流れ落ちるのが、目に飛び込んできました。

           車を停め しばらく眺めていると・・・・・・・。 


                  ・・・・・・。

         “ おじいちゃんも この景色を見ながら 育ったんだな・・・ ”



              そんな想いが 胸に こみ上げてまいりました。


                   ・・・・・。

わたしは、 ふと、・・・。


            “ 仏壇に 木曽の水を供えよう ” 


と思いつき その湧き水を汲もうと 急な崖を ペットボトル片手に降りていく決意をしました。 



   しかし  かなりの斜面です。 しかも川を 渡らなければ そこに行けません。

         
             「 よし! いくぞ!」 


          という 掛け声とは うらはらに・・・・
 

最近 運動不足の私は、動きが鈍く、途中で 足を滑らせ、滑落。


    なんとか 途中の木につかまろうとしましたが、手を切り出血。 


            そして  落下・・・。


そのまま川にも落ち びしょ濡れ。   かなり 悲惨な 光景だったようです・・・・。


                    ・・・・。

なんとか 滝まで たどり着き 手を伸ばし・・・。

 山の岩肌から  こぼれ出る  水を汲もうと  しますが・・・・。 


ペットボトルの小さな口に水を入れようとしますが、今度は、なかなかうまく入らず・・・・。


   しかも 水しぶきが   “土砂降りの雨”   のように 全身にかかります。


       たった数秒で    頭から 足の先まで ずぶぬれ  。


                ( 滝 に打たれる 修行僧のよう。)


          2リットルの ボトル 3分の1 ほどで たまらず 終了します。



     「 よし!今日は このへんで 勘弁してやろう!」 


                 と 強がる私。 


      しかし かえる途中 足を滑らせ さらに 川に 落ちます。

                            ( たけし軍団のよう・・・・。)

                     ・・・・・・。

     その川の中で ・・・・。

           手のキズから流れる血を洗いながら・・・・。


                    ふと 祖父のおもいであった

      
              “木曽に 帰りたい!” 


                          という 言葉が 頭をよぎりました。


                     ・・・・・。

   
     傷口から 流れ出る 血を見て・・・。


           まるで 手から流れる血が ・・・。


                “ やっと  ふるさとに 帰ってきた! ”


                          と

                  喜んでいるように見えました。


            
       「  じいちゃんの “ 木曽に帰りたい”  という 執念だな!きっと。」


         “ じいさんの 血 ”   でもある  “ わたしの血 ”  は ・・・。


        こうした形で 木曽の 地へ  戻っていったのです。


                           ・・・・・。


                   めでたし!  めでたしっ!




     「年を 重ねると 自分の ルーツ を知りたいという思いが強くなる」 


            と 一緒に いった 父 (70代) も言っておりました。

       

              まさしく。・・・・・・・・・・・・。


( わたしは 母方の祖父もそうですが ・・・・

         今、東京に住む父親も もともとは信州 の人間であります。 )


      「 でも   おじいちゃん、 川に 孫(わたし)を 落とさないで・・・。」


                と 逢ったことのない 祖父に こころのなかで

                                うったえて おりました。


                    ・・・・。


「 物事を 成し遂げるには いくつもの 試練が あるものじゃっ! 心するがよい!」

                                 ということなのでしょう。 



            かしこまりました。 望むところです。(笑顔)


   余談ですが・・・・

          日本を代表する文豪 島崎藤村の 小説「夜明け前」。


              “木曽路はすべて 山の中である” 


                       という 言葉ではじまる藤村の代表作。

    

            (島崎藤村は木曽の馬籠宿の生まれ。)



私の人生も  じつは  いまだに   “  夜明け前 ”

                         
                          ・・・・・・。

              “  長い夜   ”  が  続いています。


                   ( おまえは  松山 千春 かっ!  )


          朝日を浴びて  かがやく  日を 夢見て・・・。

       



                木曽路・・・・・・・・・・。




      「   島崎さん。私は 今日 川の中にも 入りました。・・・・・・・。



   当店  あすぺる樹では  あつかう 日本酒は 一種類のみ。



             『 木曽のお酒  』



       あれも  これも  という  欲に満ちた 世の中ですが


           『 一途  』  も  いいものです。 









   余談ですが・・・・。


      混乱する 世界情勢を 思うと・・・。

        
              いろいろな事を 感慨深く 感じます。


                 実は・・。

 私は 1988~1991年の ベルギー滞在後も 海外就労を 考えていた事もありました。


         若い頃の 憧れとでも申しましょうか。


           しかし・・・。


              ・・・・・・・。 まあ  いろんな思い 出来事があったおかげで。

        日本にとどまる 決意を したのであります。


                     ・・・・・・。

            運命とでも 言うべきものなのでしょうか?

                      ・・・・。


                    しかし。


    祖先に 導かれ 今  長野で 家族とともに 日本の文化の中で

       生活できる 喜びを  つくずく ありがたく 感じております。


    日本国内にいれば  さほど感じない事なのでしょうが。


        今、 世界は  大きく 揺れ動いております。


                  ・・・・。


 (   異国の地で  異国人として 生きてゆくことは なかなか 大変なことです。

          3~4年で 帰って来れる あてがあれば  別ですが・・・。 )




          長野に 暮らす意味を  今  ありがたく思います。


              それは


     先祖代々の  DNA  が 導くもの なのかもしれません。



              「   おじいちゃん  ありがとう。   」


      「  おじいちゃんの  魂とともに 俺は 長野で生きてるよ 。  」



                    ・・・・・。



   1989年  ベルギー滞在時   ギリシャに 行ったのは



    私の体に流れる 血が  


      神の国  出雲出身の  祖母 の 血 であるからだったのでしょうね。


Jan23#37

   太陽神 アポロン と 月の女神 アルテミス は  双子。


    この島は  誕生の地です 。  聖地。



    なんだか  知らないけれど  トルコや  ローマ  ギリシャ


      
        祖先に そそのかされて  行ったようですね。




           血は  生き続けてるんですね。



               46億年間 。




              命って 不思議だな。






 余談であるが・・・。


  
  日本の 古代神話  ギリシャ神話 は とても  似ている。



        いや  きっと  ・・・・。



                ・・・・・。



    


余談ですが・・・。

   人のご縁とは  不思議なつながりがあるような気がします。

  先日・・・。

  佐久市臼田町の  桐原村にある   戦没者 慰霊碑に 手を合わせてきました。

                ・・・・・。

      当時 戦時中  夢 多き  若者が  戦場に連れてゆかれ

             この村でも  多くの若者が 帰らぬ人となってしまったのです。


                    ・・・・・。

( 当ブログ カテゴリー 「 滞在記トルコ  15 」 で 日本の戦中を紹介。 )


     翌日・・・。  当店に  老夫婦が 来店されました。


                      聞けば・・・。


        過去に   世界中を 旅したとか・・・。


       ヨーロッパをはじめ   ハワイ ・・・。
   
           パプアニューギニア  などにも行かれたとか・・・。


     退職後  悠々自適で  いいな~  なんて思っていましたが・・・。





        観光で行かれたのかと思いきや・・・。


       戦争で 行方不明になった  兄弟の 慰霊に行かれたのだそうです。


        「 いまだに  骨も 拾ってあげれず・・・。 どこに 眠っているのかも

                      知れない・・・。   かわいそうに・・・。

               せめて   拝んであげたい・・・・。 」


     幼い頃に 分かれた  兄弟の面影を  忘れることなく・・・。


            そんな思いが  あったとは・・・。


                ・・・・・・・・。


  「  私は昨日  桐原村の 慰霊塔を 拝んできたんです。 

         その次の日に  来ていただけるなんて 不思議ですね。 」


                  ・・・・。


           不思議な  何か  縁深いものを  感じました。



                ご縁とは   ありがたいものです。



         うちの店が  お年寄りの  リピーターが多いのは・・・・・。  


                 ちゃんと意味があるんです。   



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